シルベットさんの最新Blog
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- 2026年09月08日 05:02
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第90話 孤独の光景
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
車の中で伯母からありがた〜い「言葉の右ストレート」を何発もいただいているうちに、僕たちは葬儀会場へ到着しました。
もう少し乗っていたら、葬儀が始まる前に僕のメンタルの葬儀が必要になるところでした。
葬儀屋の担当者から言われていた15時より少し早い到着でしたが、会場スタッフの方々がすぐに出迎え、丁寧に中へ案内してくれました。
そして僕たちは、まず大きな広間へ通されました。
会場スタッフ「こちらでしばらくお待ちください。」
僕たち3人だけが、広い部屋に残されました。
伯母は部屋をぐるっと見渡して言いました。
伯母「立派な会場やなぁ。ミチヒトを送り出すのに十分な所です。」
伯父「大きな所やなぁ……。こんなに大きい必要あるかなぁ??」
伯母「大は小を兼ねると言いますやろ。これだけあると安心どす。」
伯父「まぁ……そうやなぁ。」
そんな会話をする二人を、僕は少し離れたところから黙って見ていました。
姉と弟。
何気ない会話をしているだけなのに、二人の間には僕には入れない「家族」という空気がありました。
僕には兄弟はいない。
そして――
頼れる親も、もういない。
母はいる。
いるにはいる。
でも、この状況で僕が頼ったら、
たぶん問題が一個増える。
父は、もういない。
その事実が、広い部屋に入ったことで急に現実味を帯びてきました。
ついさっきまで伯母に、
「喪主なんやから、しっかりせぇ」
と怒られていた僕。
言われた段取り通りに葬式の手配をして、
父のお金から200万円を払い、
伯母に買ってもらった喪服を着て、
父の荷物を持って、
ここまで父名義の車を運転してきた。
…………。
改めて考えてみよう。
200万円――父のお金。
喪服――伯母のお金。
車――父のもの。
葬式の段取り――周りの大人が決めた。
そして僕――喪主。
喪主以外、ほぼ全部借り物である。
名義だけ見れば、
僕の所有物は「喪主」という肩書きくらいだった。
しかも、いらん。
返品できるなら今すぐ返品したい。
しかし返品窓口はどこにもない。
29歳。
立派な大人である。
……書類上は。
そんな僕をずっと支えてくれていた父が、
もういない。
忙しく動き回っている間は、そんなことを考える暇もありませんでした。
でも、何もすることがなくなった瞬間――
ふと頭の中に、ひとつの言葉が浮かびました。
「俺……一人になったんや。」
さっきまで少し離れた場所で聞こえていた伯母と伯父の会話が、急に遠く感じました。
その瞬間から、
僕の頭は少しずつバグり始めました。
広い葬儀会場。
仲良く話す伯母と伯父。
そして、その横に立つ僕。
父を送り出すために用意された立派な会場で、
僕は初めて、
自分が孤独になった光景を見た気がしました。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年09月07日 05:04
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第89話 言葉の右ストレート
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
僕、伯母、伯父の3人は車に乗り込み、父の亡骸を乗せた霊柩車の後ろを追う形で自宅を出発した。
�←�
目的地は葬儀会場。
そして僕の車内では、別の意味での“葬儀”が始まろうとしていた。
僕の甘ったれた29年間の葬儀である。
車を走らせていると、後部座席に座っていた伯母が口を開いた。
伯母「創人。今日のお通夜には、ミチヒトに縁のある方々がたくさん来はると思う。」
僕「うん。」
伯母「失礼のないようにせなあかんのは勿論やけどな……絶対に怒ったりしたらあきまへんで。」
僕「…………。」
伯母「アンタは喪主なんやから‼︎」
僕「喪主??」
改めてその言葉を聞いて、なんだか変な感じがした。
僕「喪主ねぇ……。俺がオワリ家の……ミチヒトの長男やからか。正直、それが何を意味するのか、よう分からんけど。」
すると伯母の声色が変わった。
伯母「…………創人。」
嫌な予感がした。
伯母「アンタは29歳の割には、世間的に見て幼い‼︎」
いきなり始まった。
走行中の人生反省会である。
しかも途中下車不可。
伯母「なんでか分かるか??」
僕「…………何が??」
伯母「アンタ、『音楽で食べていく』言うて、大学出てから何年活動した??」
さっきまでの葬儀の話はどこへ行った。
僕「6年くらいかな。あのバンド自体は合計10年くらいやってたけど。それが何なん??」
少し腹が立ち、僕も強がるように答えた。
すると伯母は言った。
伯母「ほなら、その10年は全部とは言わんけど――」
一呼吸置いて、
伯母「無駄やったいうことや。」
僕「…………はぁ??」
さすがにカチンときた。
僕「どういう意味やねん??ケンカ売ってんの??」
伯母「だってそうやろ??」
伯母は一歩も引かなかった。
伯母「バンドは売れへんかった。まともな収入もなかった。むしろ最後は負債の30万円をミチヒトに払わせた。」
僕「…………。」
伯母「それでアンタに何が残った??」
僕「…………。」
伯母「経験か??」
図星だった。
伯母「ほなら、その経験を活かして独立して稼ぐんかいな??」
僕「…………。」
伯母「そのための準備金は??」
僕「…………。」
伯母「勝算は??」
僕「…………。」
やめてください。
HPはもうゼロです。
しかし伯母の攻撃は終わらない。
伯母「税金かて、消費税と所得税くらいしかまともに知らんやろ??」
僕「…………。」
伯母「アンタはもう30歳手前や。それでも親のスネかじって生きてる。」
僕「…………。」
伯母「つまりな――」
伯母はハッキリと言った。
伯母「自立できてへん情けない男やいうことです。」
…………ぐうの音も出なかった。
言い方は腹が立つ。
ものすごく腹が立つ。
できることなら車を停めて、
「そこまで言わんでもええやろ‼︎」
と反論したかった。
でも――
何ひとつ間違っていなかった。
バンドで夢を追った。
売れなかった。
金も残らなかった。
最後には父に借金まで払わせた。
そして29歳になった今も、僕は父に頼って生きていた。
その父は――
今、僕の目の前を走る霊柩車の中にいる。
伯母「創人。」
伯母の声が、さらに強くなった。
伯母「生きていくには、お金がかかります‼︎」
僕「…………。」
伯母「夢がどうとか、頑張ったとか、そんなもんだけでは生きていけへん。」
そして――
伯母「結果が全てです‼︎‼︎」
車内に伯母の声が響いた。
伯母「厳しいこと言わせてもらうけど……」
伯母は最後に、僕の背中へ向かって言った。
伯母「しっかりしぃぃぃや‼︎」
僕「…………。」
伯母「もうミチヒトはおらんのやで。」
そして少し間を置いて――
伯母「もうオワリ家は、アンタしかおらんのやから‼︎」
僕は何も答えなかった。
いや、
答えられなかった。
ただハンドルを握り、父を乗せた霊柩車の後ろを走り続けた。
父が亡くなって、まだほとんど時間も経っていない。
悲しむ暇すらない僕に、
伯母は容赦なく“現実”を叩き込んできた。
今思えば――
あの日、霊柩車の後ろを走っていた僕は、
父を葬儀場へ送り届けていただけではなかったのかもしれない。
29歳まで父に守られて生きてきた自分自身とも、別れようとしていたのかもしれない。
続く
次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年09月06日 05:03
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第88話 200万超えのサービス
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
伯母「こんな時間‼︎ 一旦話を切り上げて、葬式場に移動する準備をしましょう。15時入りやな??」
僕「そうや。ここから車で20分くらいやから、話の続きは移動しながらでも聞けるし。」
そう言うと、僕と伯父と伯母はいそいそと準備を始めた。
僕は伯母からもらったお金で買った喪服に着替え、数珠や必要書類、そして父から託された鞄とお金を持って車へ向かった。
家を出ると、タイミング良く葬儀屋さんが新たにスタッフを2人連れて戻ってきた。
僕たちが話をしている間に、市役所、火葬場、式場の手続きを済ませてくれていたらしい。
そして父は霊柩車に乗せられ、式場へと運ばれていった。
だいぶ後になって知ったのだが、今回の葬儀費用は200万円を超えていた。
当時としては高額な葬儀だったため、葬儀会社もスタッフを多めに配置し、迅速に動いてくれていたようだ。
この時の僕は、
「葬儀屋さんって、仕事早いなぁ……。」
くらいにしか思っていなかった。
でも、後になって分かった。
世の中、悲しみの大きさでサービスは変わらないが、払う金額ではサービスが変わる。
もちろん商売なので、当たり前と言えば当たり前なのだが……。
父親の葬式という人生最悪のタイミングで、僕はまたひとつ「大人の世界」を学んだ。
当時、29歳。
世の中、金額が変わればサービスも変わる。
その現実を、僕は200万円超えの葬式で初めて体感した。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年09月05日 05:02
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第87話 オワリ マスオ
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第86話 僕の知らない昔話』前回のお話↓『第85話 押し付けられた夢』前回のお話↓『第84話 僕の立場』前回のお話↓『第83話 望まれずに生まれた僕』前回のお話↓『第82話 伯母の中の不…ameblo.jp
伯母「本当はな、S県にある私とミチカズが今住んでる土地に、ミチヒトと千夏さんの家を建てる話を、結婚当初にしてたんです。」
僕「へぇ〜。そんな話あったんや。」
伯母「でも千夏さんがな、
『そんな田舎に住みたくない‼️』
って。」
僕「…………。」
伯母「それに、
『仕事場(自宅レッスン室)を作るには家が狭すぎるから嫌�』
って言うて、全然聞き入れてくれませんでした。」
僕「なかなかハッキリ言うな……。」
というか、
【家を用意してもらえる】
という時点で、当時の僕なら即答で、
「ありがとうございます‼️どこにハンコ押したらいいですか⁉️」
である。
田舎だろうが何だろうが関係ない。
なんなら横が田んぼでも前が山でも、家がもらえるなら喜んで住む。
僕「ミッチャン(伯母の愛称)達、よう怒らへんかったね。」
伯母「さっきも説明した通り、その頃のオワリ家は私の父のせいで、あまりお金も無かったんよ。
それに何より、ミチヒトの収入が不安定やったさかいな。」
僕「あぁ……そうか。」
伯母「それでも最後にオワリ家に残ってた財産の空き地を、ミチヒトと千夏さんに結婚祝いとしてあげたんや。」
僕「土地を⁉️」
伯母「そう。」
僕「めっちゃええ結婚祝いやん。」
伯母「でもな……。」
僕「…………?」
伯母「千夏さんに、
『要らん‼️』
って突っ返されたんよ。」
僕「土地を⁉️」
伯母「土地を。」
僕「…………。」
いやいやいやいや。
結婚祝いで土地をもらって、
【要らん‼️】
って突き返す人、初めて聞いたぞ。
僕なんて今ならQUOカード3,000円分でも満面の笑みで受け取る自信がある。
土地やぞ、土地。
僕「ちなみに、その土地って今どうなってんの?」
伯母「今、私とミチカズが住んでる家が建ってる。」
僕「あぁ、そういうことか。」
伯母「あの家は、私とミチカズの退職金と貯金、それから前に住んでたボロ家なんかを色々処分して、現金一括で買ったんよ。」
僕「現金一括⁉️」
さらっと言うけど、家を現金一括って……。
僕ならコンビニで1万円札を出すだけでも、ちょっとドキドキする。
伯母「土地の登記や手続き、それに掛かった費用はミチヒトが全部やってくれたんです。」
僕「親父が?」
伯母「そう。だから権利は3等分にしてるんよ。」
僕「なるほどなぁ……。」
ここまで聞いて、ようやく話が繋がってきた。
僕「んで親父は、今俺が住んでる家……つまりミナモト家で暮らし始めたんか。」
伯母「そういうことです。」
僕「完全に嫁の実家に入ったわけやな。」
伯母「いや。」
僕「ん?」
伯母「千夏さんだけやないで。」
僕「どういうこと?」
伯母「千秋さんも一緒や。」
僕「…………。」
千秋さん。
つまり――
千夏(母)の母親。
僕から見れば祖母である。
ということは親父は、
【妻の実家で、妻と義母と一緒に暮らす】
ことになったわけだ。
僕「……親父、結構なところに突撃したな。」
伯母「しかも今みたいな二世帯住宅やないで。」
僕「え?」
伯母「普通の一軒家。」
僕「…………。」
伯母「玄関も一緒。」
僕「うん。」
伯母「台所も一緒。」
僕「うん……。」
伯母「生活空間も一緒。」
僕「親父……逃げ場ないやん。」
伯母「そうどす。」
つまり――
結婚と同時に、
妻+義母との完全同居生活スタート。
しかも、自分の家ではない。
今風に言えば、
【完全アウェー戦】
である。
そして昭和風に言えば――
伯母「ミチヒトは完全に【マスオさん】状態でミナモト家に入ったんよ。」
僕「親父……。」
ただのマスオさんちゃうやん。
【ハードモードのマスオさん】やん。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年09月04日 05:01
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第86話 僕の知らない昔話
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
伯母「そして時が経って、2人とも音楽教師になりはったんや。
千春さんはピアノ教室の先生になって、結婚してからは知っての通り自宅で教えてる。
アンタのお母さんは、自分の母校の音楽大学で非常勤講師をしながら、自宅でもピアノと打楽器を教えてはった。
聞いた話やけど、バブルがはじけるまでは習い事ブームかなんかで、2人ともかなり稼いではったみたいやわ。」
つまり祖父マサカズの、
「娘はクラシック音楽の道へ行け!」
という強制イベントは、結果だけ見れば成功したらしい。
本人達が幸せだったかどうかは、この際置いておこう。
昭和の親というものは、本人の希望より結果がすべてなのである。
僕「でもミッチャン、なんでそんな詳しく知ってるん?? 親父から聞いたん??」
伯母「ちゃうちゃう。
それはな、アンタのお母さんとお父さんがお見合い結婚やったからや。」
僕「お見合い??」
伯母「そうや。
今はそんなん少ないんか知らんけど、当時は世話好きの人がおってな。
『この人どうですか?』『ええ家ですよ』『仕事もしっかりしてますよ』
みたいに、相手の情報を詳しく教えてくれたんや。」
今で言うところのマッチングアプリだろうか。
ただし、
顔写真を右にスワイプする代わりに、
近所のおばちゃんが勝手に人生をスワイプしてくるシステムである。
伯母「それでな。
ミチヒトは当時、法律事務所に勤めながら弁護士を目指しとったんや。」
僕「へぇ……。」
それは僕も何となく聞いたことがあった。
ところが伯母は、さらっと続きを口にした。
伯母「でも結婚して間もなく、
『勉強に集中したい‼︎』
言うて会社辞めてしもてな。」
僕「…………え?」
伯母「それからアルバイト生活や。」
僕「…………。」
待て。
僕の知っている親父は、
仕事にはうるさい。
金にも細かい。
そして何より、
『男は働いてなんぼや』
みたいな昭和思想を全身から発していた男である。
その男が若い頃、
結婚早々、
仕事を辞めてアルバイト生活。
…………。
おい親父。
アンタ、そんな時代あったんかい。
伯母「その間は千夏さんが代わりに稼いではった。」
僕「完全に母ちゃんが大黒柱やん。」
伯母「まぁ、そういうことになるな。」
僕の中にあった、
『一家を支え続けた厳格な父親』
というイメージが、
開始数分で音を立てて崩れていった。
伯母「それとな。
千夏さんは、自分の見た目にかなりコンプレックスがあったみたいでな。」
僕「見た目??」
伯母「初めてミチヒトとデートした時、電車の窓に2人が並んで映ってるのを見て、
『私はこの人の隣にいて良いのか……』
って思ったそうな。」
僕「…………。」
母よ。
そこまで自信が無かったのか。
後年、家族相手には誰よりも強気になる人だったので、正直まったく想像できない。
人間というのは分からないものである。
伯母「ミチヒトも結婚するまでは、高校の頃に病気してたことと、オワリ家の事情もあってな。
まともに恋愛とかしてなかったみたいや。
せやから最初の頃は、千夏さんのことを大事にしてたわ。」
僕「…………ちょっと待って。」
また知らない単語が出てきた。
僕「親父、病気やったん??」
伯母「うん。」
僕「しかも仕事辞めてアルバイトしてたん??」
伯母「そうや。」
僕「あの親父が??」
伯母「そうや。」
僕「オワリ家の事情って何??」
伯母「…………。」
僕の中の父親像が、ここ数分で何度目かのアップデートを要求してきた。
いや、アップデートというより、
もはや初期化である。
僕「何それ……。
どういうことやねん??」
伯母「全部言うてあげるから。
ほんなら先に、オワリ家とミチヒトの話をしようか??」
僕「…………。」
まだあるんかい。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年09月03日 05:01
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第85話 押し付けられた夢
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
伯母からミナモト家の成り立ちについて聞かされた。
詳しくはこちら↓
そして、伯母はさらに話を続けた。
伯母「アンタのお爺さん――マサカズさんはな、自分が叶えられへんかった夢を、2人の娘に託すことにしたんや。」
僕「夢??」
伯母「音楽や。マサカズさんは音楽、特にクラシックが大好きやったらしいからな。」
その結果――。
僕の母・千夏と、その姉である千春さんは、幼い頃から半ば強制的に音楽の道へ進まされたらしい。
伯母「しかもマサカズさんは、自分のエゴでクラシックしか認めへんかったらしい。せやから2人とも、クラシック系の教師になるしかなかったんや。」
僕「自分が好きやったからって、娘までか……。」
伯母「そういうことやな。特に千春さんは、本当はフリーアートみたいな芸術系の仕事に進みたかったらしい。それやのに無理矢理ピアノをやらされてな。ご両親のことを、かなり恨んでるらしいわ。」
僕は黙って聞いていた。
さらに、ミナモト家の子育てそのものにも問題があったという。
母と千春さんは、幼い頃から音楽系の習い事をいくつもさせられ、そのまま音楽系の大学へ進学。
ところが、祖父マサカズが出世して九州へ赴任することになった時――。
祖母の千秋まで一緒に九州へ連れて行ったという。
僕「えっ?? 娘2人は??」
伯母「置いていかはった。」
僕「…………。」
残された千夏と千春さんは、マサカズの父――つまり僕の曽祖父と3人で暮らすことになった。
そして、その生活を支えたのが姉の千春さんだった。
伯母「千春さんは家のことをしながら、自分の学業も音楽もやらなあかんかったみたいや。相当、大変やったと思うで。」
やりたくもなかったピアノ。
親から押し付けられた将来。
そして、両親は妹と自分を残して九州へ――。
僕がこれまで知らなかったミナモト家の過去が、伯母の口から次々と明かされていく。
そして僕は、この時まだ知らなかった。
千春さんがミナモト家を恨んでいる理由は、これだけではなかった。
-続く-
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- 2026年09月02日 05:01
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特別編③-源(ミナモト)家と平(タイラ)家
( シルベットさんのプロフィール)
特別編②↓
源(ミナモト)家
源 正和-ミナモト マサカズ-…創人の祖父
創人が住んでいる家の土地、家屋を一代で築いた。
勤め先は一流企業Y。
はじめは自身が音楽が大好きで(特にクラシック)それに関わる仕事をしたいと就職したが、仕事ぶりが上司に認められて新部門の立上げメンバーに選ばれる。
コミュニケーション能力が高く、頭も良かったらしく会社の社長に唯一タメ口で話せる程の人物だったらしい。社長直々の辞令で、最後は九州で支店長の地位まで築いたらしい。
創人が住んでいる家と土地は社宅として会社から与えられた物を買い取ったらしい。
50代半ばで死亡。亡くなった時は社葬までしてくれたとか。
創人とは生前面識はない。
死ぬ前の言葉は「金はいくらでも出すから俺を助けろ‼︎」っと病院の担当医師に言ったらしい。
源 千秋(ミナモト 千秋)…マサカズの妻で創人の祖母。
容姿端麗で〇〇O〇県〇D市の【ミス〇〇】に選ばれた程。就職でマサカズと同じこの〇〇県に来たらしく、マサカズが一目惚れで結婚。何処に行くにもマサカズの横にいたようだ。
創人が8歳の時に胃癌で死去。生前は創人の記憶の中では凄く可愛がってくれた優しい祖母。祖母の作るカレーが世界で一番と思っていた。
旧姓は藤原(フジワラ)で〇〇O〇県立出身。
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平(タイラ)家
平 千春(タイラ チハル)..千夏の姉で創人の叔母
ミナモト家に怨みを抱いている。基本千夏の事が嫌い。見た目は千秋とよく似ている。
平 時忠(タイラ トキタダ)…千春の夫。
ミナモト家に怨みを抱いている。
仕事は何をしているかは不明だが、お偉いさんだったのは間違いない。自宅には船の形をしたお酒(ヘネシー)やウィスキーが多数置いてあり趣味はトライアスロンと旅行。
平 春子(タイラ ハルコ)…チハルの娘で創人の従姉弟。
頭が良く、将来医者になる事を両親からも周りからも期待されていた。結果2浪しても医科大に受からず薬科大に入学して薬剤師となる。
創人が小学生の頃まではよく勉強や遊ぶ相手になってくれた。
結婚相手は剣道の有段者。
おそらく昔から創人の事は嫌い。
平 春翔(タイラ ハルト)…千春の息子で春子の弟。
運動神経が抜群で顔もカッコ良く、サッカーが上手すぎて一時はJリーグからスカウトがくる程。
しかし、社会人になり転職を繰り返す日々らしい。年上の妻がいる。創人は子供の頃は実の兄のように慕っていたし、憧れの存在であった。
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- 2026年09月01日 05:02
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第84話 僕の立場
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
僕の出生について、とんでもない事実を聞かされたところで、伯母が時計を気にし始めた。
伯母「だいぶ話したけど……式場は何時から??」
僕「葬儀屋からは、15時には会場に入ってくれって言われてる。」
伯母「ほぉーですか。」
伯母は時計を見ながら続けた。
伯母「まぁ、中白社長や金山先生が、ミチヒトが亡くなったことを色々なところに連絡してくれてるやろ。」
「たぶん、色々な方が弔問に来はる。」
「でも、まだ時間はある。」
「せやから今のうちに、アンタには全部伝えておく必要がある。」
僕「……全部??」
まだあるんですか??
僕の頭は、さっき聞いた出生の秘密だけでも処理能力の限界に達している。
しかし伯母の話は終わらない。
伯母「全部聞いたら、アンタが今どういう状況に置かれてるのか分かるやろ。」
「私にも、この先どうなるか分からんさかいに。」
僕「どういう意味やねん??」
何やねん、その不吉な予告。
親父が亡くなった当日である。
もう本日の精神的ダメージは十分いただいております。
すると伯母が僕に尋ねた。
伯母「アンタ、ミチヒトから遺言みたいなことは言われへんかったか??」
僕「遺言??」
僕は少し考えた。
僕「死ぬちょっと前に見舞いに行った時、一つだけ言われたわ。」
伯母「なんて??」
僕「『金は無いが、借金も無い』って。」
「それと――」
『だから、お前が今住んでる家と土地を守ってほしい。』
僕「……って言われた。」
伯母「!!??」
伯母の表情が変わった。
伯母「……そう言うてましたか??」
僕「うん。」
伯母「ほな……やっぱり言わなあかんわ。」
僕「何を??」
伯母「この家と土地のことや。」
僕「この家と土地が何??」
伯母「今からする話は、ミチヒトから聞いていたことと、私が長年アンタら家族や親族を見てきた中での憶測も入るけどな。」
僕「うん……。」
伯母「アンタら親族が揉めた原因――」
伯母は少し間を置いた。
「アンタが今住んでる、この家と土地や。」
僕「…………。」
伯母「それとな……。」
「アンタが生きてること。」
僕「…………は??」
家と土地。
そこまでは、まだ分かる。
相続とか、お金とか、大人には色々あるのだろう。
しかし――
僕が生きていること??
何でやねん。
さっきは、
「生まれてこなければ良かった」
という話を聞かされたばかりである。
今度は、
「生きていることが親族間の揉め事の原因」
ときた。
僕の存在、どんだけトラブルの中心やねん。
伯母「まずは、アンタのお母さんの実家――ミナモト家が、千春さんらに何をしたのか。そこから話をするわ。」
僕「…………。」
まだある。
しかも、どうやらここからが本題らしい。
この時、僕はようやく気付き始めていた。
家族が、これからバラバラになっていくのではない。
とっくの昔に、バラバラになっていたのだ。
ただ一人――
何も知らなかった僕だけが、
「家族」という形がまだ残っていると思っていた。
-続く-次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年08月31日 05:03
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第83話 望まれずに生まれた僕
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
伯母の中に眠っていた不動明王が、完全に目を覚ましていたその時――。
玄関の方から物音がした。
田舎からこちらに向かっていた伯父が到着したのだ。
伯父「なんや、大きい声出して?? 玄関まで聞こえてたで‼︎」
どうやら不動明王の説法は、玄関まで届いていたらしい。
伯母「ご苦労さん。意外と早かったなぁ。今、この子にオワリ家と千夏はんの話をしていてな……。」
伯母は、僕にどこまで話したのかを伯父に説明した。
すると伯父が、
伯父「50万円の話は??」
僕「……50万円??」
また知らん話が出てきた。
本日の議題、追加である。
伯父「ハジメちゃんが大学を卒業した時にな、千夏さんから電話があったんや。」
母『ハジメが卒業したのに、卒業祝いや就職祝いもないのか!!??』
伯父「……ってな。」
僕「…………。」
伯父「それで、ハジメちゃんの口座に50万円振り込んだことあるで。」
僕「……あぁ!! あれか!!」
ようやく記憶がつながった。
伯父「もともと、ハジメちゃんが社会人になったら渡そうと思って、僕ら――お母はんと、僕と姉さんで貯めてたお金やったんや。」
「でも、しばらくしたら一部返ってきたやろ??」
僕「あれなぁ……。」
僕「オカンから急に『田舎からお金振り込んでもらったから‼︎』みたいなこと言われてな。」
「いやいやいや、何のお金やねん!?ってなって、ミチコ伯母ちゃんに電話して事情聞いたんや。」
当時の僕はバンド活動中。
しかも家を追い出されていた。
つまり――
夢はある。
金はない。
典型的な売れないバンドマンである。
僕「正直、生活もキツかったから一部だけ生活費としてありがたく使わせてもらったんや。」
「でも残りは、『こんな大事なお金、このタイミングではもらわれへん』って返したんや。」
伯母「あぁ……そういえば、そうでしたな。」
そして再び――
伯母の中の不動明王が顔を出した。
伯母「でもな、分かるか??」
僕「はい……。」
なんとなく背筋が伸びる。
伯母「アンタのお母はんが、どれだけ私らに迷惑かけたか??」
伯母「アンタはミチヒトの血を引く、オワリ家の跡取りや。」
「私らは結婚もしてへんし、子供もおらん。」
「せやからアンタには、しっかりしてもらいたいとは思ってた。」
「でもな……。」
伯母の口調が、そこで少し変わった。
伯母「生まれた時の件があって、可哀想やったから……。」
「アンタがバンドやろうが、フラフラしてようが、私らは何も言わなかったんやで。」
僕「…………。」
ん?
今、さらっと聞き捨てならない言葉が混ざったぞ。
僕「……生まれた時の件って何よ??」
伯母「…………。」
伯父「…………。」
突然、部屋が静かになった。
さっきまで玄関まで届いていた不動明王の声が、ピタッと止まった。
伯父が伯母を見る。
伯父「もう言うてええんちゃう??」
「お姉さん、この子ももう大人やで。」
伯母「…………。」
伯母は黙った。
10秒。
20秒――。
そして、ゆっくり口を開いた。
伯母「アンタ、小さい頃はミナモト家のおばあちゃん……千夏さんのお母さんに育てられたって聞いてるやろ?」
僕「うん。」
伯母「あれは違う。」
僕「……え?」
伯母「アンタは生まれてすぐ、千夏さんに首を絞められて殺されそうになったんや。」
僕「…………。」
伯母「それをミチヒトが助けて、アンタを田舎に避難させた。」
「記憶はないやろけど、それから2年ほど、私と私のお母はんとミチカズでアンタを育てたんや。」
僕は何も言えなかった。
伯母「ミナモト家の人らも、千夏さんのことで大変やったんやで。」
「千夏さんは、もともと子供はいらないと思っていたらしい。」
「それでも産むなら女の子が欲しいと思ってたみたいでな。」
「でも、生まれてきたのが男の子やった。」
「それで精神的にもかなり不安定になって……私らは、産後うつみたいな状態やったんやと思ってた。」
僕「…………。」
僕の頭の中に、昔から何度も聞かされてきた母の言葉が浮かんだ。
母『ハジメ‼︎ アンタなんて生まれて来なければ良かった!!』
子供の頃から、母が僕にキレるたびに言っていた言葉。
僕「じゃあ……。」
「オカンが俺にキレたら、よう言うてた……」
「『アンタなんて生まれて来なければ良かった』って……。」
僕「……あれ、本気で言うてたってこと??」
伯母「それを肯定することは出来まへん。」
「でもな、そんなことを日常的に実の子供に言うこと自体、おかしいやろ。」
「せやけど……そういうことや。」
僕「…………。」
伯母「ただ、生まれてきたのがアンタやった以上、千夏さんなりに理想をアンタに託してるつもりやったんやろ。」
「こっちから見てたら、アンタに自分の理想を押し付けてるようにしか見えへんかったけどな。」
伯母「歪んだ愛情……っていうのかな。」
「だから私らオワリ家本家は、アンタが自分の意思で『やりたい』と思ったことには何も言わなかった。」
「バンドでも何でもな。」
「ミチヒトだって、何も言わなかった。」
「タイラ家との間に挟まれた時も……。」
僕「…………待って。」
また知らない話が出てきた。
僕「何??」
「タイラ家と挟まれたって、どういうこと??」
伯母「…………。」
僕「タイラ家と仲悪くなった理由って……姉妹喧嘩が原因じゃないの??」
僕は、この時まだ何も分かっていなかった。
母とオワリ家のことも。
タイラ家とのことも。
そして――
自分が生まれてから、周りの大人たちの間で一体何が起きていたのかも。
今振り返れば、この時の僕は本当に何も知らない大バカ者でした。
-続く-次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年08月30日 05:02
-
第82話 伯母の中の不動明王
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
伯母「今からする話は、あんたは多分知らん話や。」
僕「その話のせいで、道子伯母ちゃんはオカンを親父の葬式に出したくないってことなん??」
伯母「ホンマならな……オワリ家に関わらせないで欲しいくらいや。」
僕「え……そこまで??」
いきなり話のスケールが大きくなった。
親父の葬式に出すか出さないかの話をしていたはずが、いつの間にかオワリ家出禁問題にまで発展している。
伯母「事の始まりは、アンタが大学の時や。」
僕「大学の時?」
伯母「アンタ、就活を一切せんかったやろ?」
僕「あぁ……。」
伯母「しかも、せっかく向こうから企業スカウトの話が来たのに、それまで断って音楽の道に進んだやろ。あれはどういうことやったんや?」
僕「大学の時、部活の関係で委員会の役職をやっててな。学祭のスポンサーになってくれる企業にプレゼンしに行ったんや。」
「それで学祭のイベントが上手くいって、そのスポンサー企業から最終面接の話をもらったんやけど……」
「『僕には夢があるんで結構です』って断ったんや。」
「確か……2社くらい断ったかな?」
伯母「その企業、大手の有名企業やろ?」
僕「一社がC〇〇〇〇〇食品で、もう一社がN〇〇〇〇〇食品やけど……。それが何か関係あるんか?」
伯母「アンタのお母はんから、クレームの電話が当時もの凄かったんや‼︎」
僕「……え?」
伯母「『せっかくの一流企業に、こんな不景気なのに入るチャンスを逃した‼︎ これも甘やかして育てたオワリ家本家のせいだ‼︎ もう終わりだ!!!!』って、何度も何度も電話がかかってきたんどす。」
僕「……いや、それ俺の就職先の話やん。」
伯母「そうや。」
僕「なんでオワリ家本家にクレーム入るん!?」
伯母「私に言われても知らんがな。」
ごもっともである。
僕「そんなん『本人が断ったんやから知らん』って突っぱねればええやん‼︎」
伯母「もちろん、そう言いました。」
「でもな……何度も何度も電話がかかってきて、ヒステリックな声で言うてくるんや。」
「別に今さら、ええんやけどな。」
そう言った伯母の声が、少し低くなった。
伯母「当時、私はお母はん……アンタの祖母、ミチの介護で大変やったんや。」
「トイレで転倒して骨折した時も大変やった。」
「それなのに、アンタのお母さんは見舞いに来るどころか、そのことに触れることすらなかった。」
「こっちは介護でてんてこ舞いやのに、電話がかかってきたと思ったら……」
「『息子が一流企業に入るチャンスを逃した!』や。」
僕「……。」
介護と就職。
本来なら、まったく別の話である。
ところが母の中では、どうやら全部ひとつの事件として処理されていたらしい。
そして伯母の話は、さらに続いた。
伯母「そして、おばあちゃんが亡くなって葬式に来たと思ったら……」
「いきなりこう言うたんや。」
伯母「『千春は何処?? なんでタイラ家の連中は誰も来てないの?? ミナモト家の血を引く恥知らずだわ‼︎』って。」
僕「……葬式の第一声が、それ??」
伯母「そうや。」
僕「……。」
僕はもう、何と言っていいのか分からなかった。
伯母「何が言いたいか、創人……分かるか?」
僕「……うん。」
伯母「千夏さんはオワリ家の嫁やろ?」
「なんでオワリ家の姑が亡くなった席で、そんなことを第一声で言わなあかんのよ!?」
「私はな……あの頃からずっと思ってたんや。」
「この人は、何でこんなことを平気で言えるんやろって……。」
伯母の顔を見る。
そこには、僕が知っているいつもの優しい伯母の姿はなかった。
いつもなら、仏様のように穏やかな顔をしている。
しかし今は違う。
眉間には深いシワ。
目には怒り。
そして口から出てくる言葉は、長年心の中に溜め込んでいたものばかり。
例えるなら――
仏様から不動明王へのクラスチェンジである。
僕はその顔を見ながら、ようやく少しずつ理解し始めていた。
なぜ道子伯母ちゃんが、オカンを親父の葬式に出したくなかったのか。
その理由は、僕が知らないところで、ずっと積み重なっていたのだ。
そして僕は、この時初めて知った。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年08月29日 05:02
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第81話 伯母からの話
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
打ち合わせと葬儀屋との契約が終わると、葬儀屋さんは死亡届を市役所に提出し、同時に火葬場の予約を取りに行くことになりました。
というわけで、僕は自宅で待機。
何とも言えない状況です。
父親が亡くなったばかりなのに、
「火葬場の予約が取れるまで家で待っていてください」
と言われる。
人生で、こんな指示を受ける日が来るとは思いませんでした。
家に来てくれていた金山先生や中白社長たちも、いったん着替えや身の回りの準備のために、それぞれ帰宅することになりました。
僕はというと、以前から友人に、
僕:「親父の葬式、手伝ってくれへん?」
とお願いしていたので、友人たちに連絡をしながら、自分も喪服などの準備を始めました。
何せ、父親の葬式なんて初めてです。
当然ですが、僕には葬式の経験値がありません。
「喪服って、どこに置いてたっけ?」
「靴……これでええんか?」
「友達、何人来てくれるんやろ?」
頭の中は、悲しみと準備と段取りで完全にパニック状態。
そんな僕に、伯母が話しかけてきました。
伯母:「創人、あんた千夏さんはどうするん?」
僕:「えっ?」
伯母:「葬儀に呼ぶんか?」
僕:「あぁ……う〜ん……」
そう。
母親を葬儀に呼ぶのか。
僕にとっては、それも大きな問題でした。
すると伯母が、少し間を置いて言いました。
伯母:「私個人の意見を言わせてもらうとな……」
僕:「うん。」
伯母:「来んといて欲しいねんけど。」
僕:「……え?」
まさかの直球でした。
僕:「それは、なんでなん? 暴れるかもしれんから?」
すると伯母は、少し真剣な顔になって言いました。
伯母:「あんたには、ええ機会やと思うねん。」
僕:「……?」
伯母:「私らが、あの人をどう思ってるか……ちゃんと話す時が来たんやと思う。」
その言葉を聞いた僕は、黙って伯母の顔を見ました。
父親の葬儀を前にして、これから僕は、いろいろな人から母親についての話を聞くことになります。
そして、その話を聞いていく中で、僕は少しずつ考え方が変わっていきます。
家族だから。
親だから。
血がつながっているから。
だから、無条件に愛してくれる。
だから、最後には必ず味方になってくれる。
――そんな「無償の愛」なんて、本当にこの世にあるんだろうか。
僕は、そう思うようになっていきました。
そして何より、この先の出来事を通して、僕は思い知らされることになります。
もう僕には、
甘えられる人も、
すがれる人も、
「何とかしてくれる」と思える人も、
この世には残っていない。
父親が亡くなったことで、僕は本当の意味で「一人」になろうとしていました。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年08月28日 05:02
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第80話 親父の凄さ
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
結局、世間知らずの僕は、周りの意見と葬儀屋さんの助言を受けながら、葬式のプランを決めることになりました。
この時の僕は、人生で初めての葬式。
しかも喪主。
当然、何が正解なのかなんて分かりません。
なので、周りから言われるがままに決めていきました。
そして決まった内容が、こちら。
会場:200人規模
……。
【200人??】
【そんなに来るの??】
僕の頭の中には、すでに疑問符が大量発生していました。
続いて、
祭壇:華多め
……。
【華、多めって……どれくらい??】
しかし、もう考える余裕もありません。
次。
お坊さん:天台宗
どうやら田舎の終(オワリ)家は、天台宗の檀家らしく、その宗派のお経をあげられるお坊さんを近隣から呼ぶ手筈になりました。
ちなみに僕は、この時初めて知りました。
【終家って……檀家やったん??】
……。
親父。
息子、何も知らんぞ。
さらに、
食事:お通夜後のお寿司と瓶ビール、約30人前。
などなど。
そして、最終的に出てきた金額が――
総額200万円。
しかも前払い。
【…………200万??】
僕は、その金額を見て一瞬固まりました。
28歳。
無職。
父親を亡くしたばかり。
そして目の前には、
200万円の葬儀代。
【いやいやいや……】
【ちょっと待って……】
【俺、これ払えるん??】
完全にパニックです。
ところが――
ここで、親父の言葉を思い出しました。
父は生前、僕にこう言っていました。
「何かあったら、ワシのカバンを見ろ」
僕は言われた通り、父のカバンを探しました。
すると――
ありました。
「葬儀代」
と書かれた封筒。
【……ん??】
封筒を開けると、中には銀行の通帳が入っていました。
そして通帳を確認すると――
300万円。
…………。
僕は、しばらく通帳を見つめていました。
そして、思わず呟きました。
「この人……どこまで……。」
父は、自分がいつか死ぬことを分かっていた。
そして、その時に僕が困らないように――
葬儀代まで準備していた。
僕は何も知らなかった。
何も考えていなかった。
ただ、目の前のことを必死に生きていただけでした。
でも親父は違った。
僕が知らないところで、ずっと先のことまで考えていたのです。
僕はその通帳を握りしめ、葬儀費用の支払いにサインしました。
そして、この後――
お通夜の席で、僕はさらに思い知らされることになります。
自分がいかに何も知らずに、のうのうと生きてきたのか。
そして――
これまで、どれだけ父親に守られていたのか。
この時の僕は、まだ知りませんでした。
親父……
あんた、凄すぎるやろ。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年08月27日 05:01
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第79話 外野のヤジ
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
霊柩車に先導され、自宅に到着しました。
父親を家に連れて帰る。
その時の僕の気持ちは、言葉ではうまく説明できません。
悲しい。
寂しい。
でも、泣いている暇もありませんでした。
なぜなら――
次から次へと人がやって来るからです。
まず、父親の同僚だった縦山さん。
続いて、母親の同僚だったY金山先生。
そして、その後には父が働いていた会社の中白社長まで来られました。
皆さん、
「大変だったね」
「手伝えることがあったら言うてね」
と、優しい言葉をかけてくれました。
僕は、
「ありがとうございます……」
と答えていました。
――この時までは。
その後、葬儀屋さんから、
「この後の葬儀のプランと段取りについて、お話しさせていただきたい」
と言われ、みんなでリビングのテーブルを囲むことになりました。
そして始まったのが――
「親父の葬式をどうするか会議」
です。
ところが、この会議。
なぜか僕が議長ではありません。
いや……
僕の親父の葬式なんですけど??
葬儀屋さんが説明を始めると、周りから次々と意見が飛んできます。
「やっぱり華は多めが良い。その方がお父様に相応しい」
僕の心の声。
【そんなに豪華にせなあかんの??】
続いて、
「弔問者は大勢来るから、会場は広めが良い」
【ちょっと待って。弔問者が大勢来るって、誰が決めたん??】
さらに、
「お坊さんは何処のお寺の住職様? 位はどのくらいの方?」
【……位??】
【お坊さんに位とかあるん??】
僕の頭の中は、すでに軽いパニックです。
そして料理の話になると、
「お料理は寿司と瓶ビールで。盛り合わせも巻き寿司じゃなくて握りがいいわ。先生方も来られるかもしれないし」
【先生方って誰やねん??】
【誰が来るかもまだ分からんのに、もう寿司の種類まで決まってるやん……】
さらに追い打ちをかけるように、
「香典は貰って、半返しの方が良いのでは?」
【もう分からん……】
【なんでみんな勝手に決めるん??】
僕は父親を亡くしたばかり。
当然、葬儀なんて何度も経験しているわけではありません。
だから、分からないことだらけです。
そんな僕に対して、周りから次々と「葬儀の常識」が飛んできます。
僕が、
「う〜ん……」
と悩んでいると、中白社長が突然、
「しっかりしないか‼︎」
と一喝。
「もうお父さんはいないのだよ‼︎ ちゃんと恥ずかしくないように送り出さないと」
と言われました。
……。
【いや、分かってるよ】
【親父が死んだことくらい、俺が一番分かってるよ……】
僕は何も言い返しませんでした。
でも、心の中では――
【俺の親父の葬式なのに、なんで俺が選んだプランを否定されるんだろう?】
【なんで俺が世間知らずみたいな扱いになってるんだろう?】
【お金を出すのはウチの家なんですけど……】
そう思っていました。
しかも、よく考えてみれば――
父親が亡くなったのは僕の家。
喪主をするのも僕。
葬儀代を出すのも僕。
そして何より――
亡くなったのは、僕の親父。
なのに、なぜか僕以外のみんなが、
「こうした方がいい」
「いや、それは違う」
「こっちの方が相応しい」
と、どんどん話を進めていきます。
僕はその光景を見ながら、ふと思いました。
【これ……】
【俺、喪主よな??】
悲しむ暇もない。
考える暇もない。
そして――
決める暇すらない。
父親を亡くした直後の僕の前で始まったのは、
「葬儀の打ち合わせ」
という名の、
「外野による葬式プロデュース大会」
でした。
―続くー
次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年08月26日 05:01
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第78話 家族消滅
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第77話 父、死す。』前回のお話↓『第76話 虫の知らせ』前回のお話↓『第75話 連れて帰れない理由』前回のお話↓『第74話 抗癌剤と放射線治療の副作用』前回のお話↓『第73話 死…ameblo.jp
父の死後、僕はまず葬儀屋に電話をしました。
そして葬儀屋が来るまでの間、父の同僚、金山先生、母のケアマネージャー、そして大学時代の友人に電話しました。
友人に電話したのは、親族が誰も来ないことを予想し、葬式の手伝いをしてもらうためです。
実は、このお願い自体は3か月前に電話でしていました。
葬儀屋が到着すると、ほぼ同時に伯母と父の同僚の縦山さんも来てくれました。
縦山さんは父の仕事先で一番親しい間柄の方で、父からも何度か家で名前を聞いたことがありました。
縦山さん「創人君‼︎ 終はん、亡くなりはったんですか? 君は大丈夫かい?」
僕は涙で顔がぐちゃぐちゃになっていました。
でも、縦山さんの声かけで、少し我に返りました。
僕「縦山さん……夜分にありがとうございます。父は先程、亡くなりました」
縦山さん「とにかく、なんでも言うてちょうだい。終はんからも『創人君のことを頼む』って言われているから‼︎」
僕「え……?」
僕が驚いていると、伯母が葬儀屋さんと一緒に現れました。
伯母「創人‼︎ 葬儀屋さんが来はったよ」
僕は、何がどうなっているのか分からず、ただ狼狽えていました。
すると縦山さんが、
「僕が話を聞きます」
そう言って、葬儀屋さんとの打ち合わせを始めました。
そして、言われるがまま、休む暇もなく僕は父の荷物を整理し、病院の1階にある簡易的な霊安室へ通されました。
そこで簡易的な葬儀を行いました。
その後、すぐに僕は父の遺体を自宅へ送る準備をし、父を乗せた霊柩車を先導しました。
僕は車の中で思いました。
父は死んだ。
犬は1匹が離れ離れになり、もう1匹は死んだ。
母親は認知症になり、施設に入っている。
そして僕は、夢が破れ、28歳で無職。
今まで当たり前にあった「家族」という存在が、すべて消えてしまった。
そんな瞬間でした。
第2章 完
次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年08月25日 05:05
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第77話 父、死す。
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
夜20時過ぎ頃、病院から電話がかかってきました。
看護師:「お父様が危篤です。すぐに病院に来てください!!」
僕は、伯母に尋ねました。
僕:「親父がヤバイらしいねん!! 一緒に行く?」
伯母:「…………いや、私は昼のあんな状態を見てしまったから、見てられへんわぁ……。」
僕は伯母を家に残し、車で病院へ向かいました。
この時、不思議だったのが、病院までの信号がすべて青だったことです。
「親父が呼んでいる……。」
そんな気がしながら、僕は急いで病院へ向かいました。
病院に着くと、車を駐車場に停め、病室へ走りました。
父の病室がある階に着くと、看護師さんが僕を呼びました。
看護師:「こちらの部屋です。」
通されたのは、ナースステーション横にある、緊急処置室のような部屋でした。
僕は、苦しんでいる父の姿を見ると、勝手に涙が溢れてきました。
そして、慌てて父の手を取り、こう言いました。
僕:「もう、いいよ!! 何も心配しなくてもいいから!! もう……もう、いいよ!!」
父は、最後まで戦っているように見えました。
酸素吸入器をつけていたため、声を上げることはできませんでした。
それでも父は、僕の手をギュッと握り返してきました。
そして、そのまま少しずつ力が抜けていき、眠るように目を閉じました。
僕:「親父ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」
僕は思い切り叫び続けました。
涙は、本当に滝のように流れて止まりませんでした。
そして、僕が病院に着いてから約2時間後。
平成23年5月5日23時38分。
享年68歳。
父は永眠しました。
僕は、半身がもぎ取られるような感覚を、この時、人生で初めて味わいました。
そう……。
心が闇にもっていかれる。
潰される。
一生忘れられない感覚です。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年08月24日 05:05
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第76話 虫の知らせ
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第75話 連れて帰れない理由』前回のお話↓『第74話 抗癌剤と放射線治療の副作用』前回のお話↓『第73話 死に方の選択』前回のお話↓『第72話 父のお金』前回のお話↓『第71話 大人のお金…ameblo.jp
父に「ありがとう」と言われた4日後。
2011年5月5日。
この日の朝、田舎から交代で自宅に手伝いに来てくれていた伯母(父の実姉)を、車で駅まで迎えに行きました。
そして、そのまま病院へ寄ることになりました。
病院に着くと、父の病室がナースステーションの横の部屋に移動していました。
病院では、ナースステーションに近い部屋ほど、重症の患者さんが入ることが多いそうです。
病室に入ると、父は酸素吸入器をつけたまま、突然おかしなことを言い出しました。
伯母:「どうどすか、調子は?」
父:「最悪や……。お願いがあるんやけど……。」
伯母:「なんどすか?」
父:「ワシが死んだら、解剖だけはやめてくれ!! 死んでまで苦しい思いはしたくない!!」
僕:「どないしたん!! ……急になんで……?」
父:「頼むわ……!!」
伯母:「そりゃあそうですわな……。分かりました。もう何も心配はいりまへんで!! この子(僕)は立派に色々やってますから!!」
それを聞くと、父は「口の中が気持ち悪い」と訴えました。
僕はガムを渡しましたが、父は食べることができず、むせて吐いてしまいました。
そして、そばに置いてあった昼ごはんの残りなのか、小ぶりのおにぎりを口に運んで食べようとしました。
父は、うわ言のように、
「食べなきゃ死ぬ……。まだ、死なれへん……。」
そう言いながら、必死に食べようとしました。
しかし、結局食べることはできませんでした。
そして、その後、父はゆっくりと眠りにつきました。
伯母:「また明日来るから……。」
そう言って、僕らは病院を後にしました。
帰りの車の中で、伯母が僕に言いました。
伯母:「もう終わりやな……。」
僕は、その言葉を聞きながら、何とも言えない嫌な予感を感じていました。
そして、その日の夜。
病院から、父の危篤を知らせる電話が鳴りました。
-続く-
次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年08月23日 05:02
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第75話 連れて帰れない理由
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
父から「家に連れて帰ってほしい」と言われました。
しかし、簡単には連れて帰ることができない理由がありました。
1つは、送り迎えの問題です。
【介護保険】では、病院や施設への送り迎えは【介護タクシー】など、保険を使える場合があります。
しかし、病院内を車椅子で移動する介助までは対象にならず、しかも、その部分だけを【ホームヘルパー】などに依頼するのも難しい。
当時は、ほぼ【家族介助】が求められていました。
しかし、僕の家の状況は、父はほぼ寝たきり。
そして僕自身は、母の施設での生活環境を整えるのに、とても手が離せない状態でした。
保険外で依頼すると、それだけで月に5~8万円ほどかかってしまう。
とても僕には不可能でした。
それでも、死の淵にいる父を何とかしたい。
そう考えた僕は、役所や、いささか先生から紹介して頂いたケアマネージャーなどに情報を聞きまくりました。
そして、ついにある方法を見つけることに成功しました。
それは、病院の先生に【病院内車椅子介助必要有り】という診断書を作成してもらい、市に届け出るという方法でした。
それによって、病院側に介助してもらえることになったのです。
そして、それが分かったのとほぼ同じタイミングで、母の受け入れ先も決まりました。
僕は母の荷物を2日がかりで一人で運び、施設での生活環境を整えることにも成功しました。
5月に入り、僕はこの頃、
「ついに運気が向いてきた!」
と思っていました。
なぜなら、これまで停滞していた問題が、次々と解決し始めたからです。
母にも要介護2が正式に認定されました。
僕はルンルンな気分で、父に報告しました。
僕:「もう、通院できる環境も整ったし、オカンも介護保険が認定されて施設が受け入れてくれてんで!! だから、早く良くなって家に帰ろう!! もうちょっと体調がマシになったら家に帰れるって担当医が言ってたから!!」
それを聞いた父は、一言こう言いました。
父:「…………………ありがとう…………。」
僕は、嫌な予感がしました。
なぜなら、父は僕に「ありがとう」と、まともに言ったことがほとんどなかったからです。
そして、その4日後。
父の体調は急変しました。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年08月22日 05:02
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第74話 抗癌剤と放射線治療の副作用
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
父が入院して数日後、【抗癌剤】の投与が始まりました。
しかし、投与から5日目で、早くも父の体に異変が起きました。
まず、口の中が【口内炎】でいっぱいになり、食事を摂る気力さえ奪われていきました。
そして、平均体温が38度以上になる高熱が続き、毎日うなされていました。
さらに、便から下血まで起こり、やむなく抗癌剤の投与は中止になりました。
入院前から父は、
「腰が痛い!!」
と、しきりに訴えるようになっていました。
この頃、レントゲン検査で骨への転移が判明。
背骨の一部が癌によって破壊され、骨が癌の影響で脆くなってしまっていたのです。
それを見かねた担当医師が、【放射線治療】を行いました。
最初の3日ほどは、
「体が少し楽になった!!」
と、父は言っていました。
しかし、それも長くは続きませんでした。
今度は、全身の皮膚がただれるという副作用が現れました……。
そして、入院から3週間後。
父は、ほぼ完全な寝たきりに近い状態になってしまいました。
父は、うわ言のように僕に言います。
父:「家に……家に帰りたい……。連れて帰ってくれ……。」
僕は、ただ父を見ていることしかできませんでした。
「というか……毎日、僕はいったい何を見せられているんだ……」
僕は、心の中で何度も神様に問いかけていました。
-続く-
次回のお話↓
ブログで全文を読む
- 2026年08月21日 05:01
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第73話 死に方の選択
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
父が海王医大に入院してすぐ、担当医から呼び出しがありました。
病院に着くと、僕は父のいる病棟へ向かい、父を迎えに行きました。
父は家にいる時よりも状態が良く、顔色も良好でした。
僕は父に尋ねました。
僕:『今日の呼び出しって、なんなんやろうなぁ?』
父:『多分、前回は抗癌剤の副作用が出ているから、2回目は無理とか言われたりしてな……。』
僕:『でも、親父は抗癌剤を受けるつもりで今回入院したんやろ??』
父:『そうやけど……どうやろな。』
しばらくすると主治医が呼びに来て、ナースステーションの横にある別室へ通されました。
僕は父を車椅子に乗せ、後ろから押して部屋まで連れて行きました。
主治医(女性):『え~、前回、抗癌剤を受けられた後に副作用として心筋梗塞が発症しましたので、今回は入院して抗癌剤を投与する予定でした。ただ、入院後の検査で、事前に確認しておかなければならないことが分かりましたので、今日、息子さんにもお越しいただきました。』
僕:『なんですか?』
主治医:『入院してすぐにお父様の現在の状態を確認したところ、腫瘍マーカーの数値が上昇していることが分かりました。腫瘍マーカーは、がんの状態を判断する一つの目安です。』
『そこで、できるだけ早く抗癌剤を投与したいのですが、投与することによって心筋梗塞が再発する可能性を否定できないということです。』
僕:『それって、このまま何もしなければ肺癌で死ぬか、抗癌剤を投与して心筋梗塞で死ぬか、選べってことですか??』
主治医:『………………。いえ、抗癌剤を投与したからといって、100%心筋梗塞になるわけではありません。ただ、あくまで再発する可能性があるということです。ですので、抗癌剤治療を行うのであれば、事前に患者さんとご家族の同意が必要になりますので……。』
僕:『!!!!?????………………そんな…………そんな馬鹿な話って……。』
僕には、父に残された治療法がないことを告げられ、病院側が責任を負わないための説明をしているようにしか聞こえませんでした。
父は真剣な表情で、黙って話を聞いていました。
そして、しばらく沈黙した後、父は口を開きました。
父:『先生……ワシは何もせんと、ただじっと死ぬのを待つのは耐えられないんですわ。だから、抗癌剤治療にかけてみたいと思います。ワシは何としても、もう一度家に帰りたいので……。』
主治医:『………………分かりました。』
僕は父の決断に、何も言うことができませんでした。
――――――――――――――――――
2011年当時、抗癌剤治療は現在よりも入院して行うケースが多くありました。
今では、抗癌剤治療を通院で受けられることも珍しくありません。
保険のCMなどでも、
『抗癌剤治療が通いでできるようになりました』
といった言葉を耳にします。
一見すると、手軽に受けられる治療のようにも感じます。
しかし、実際の治療は、とても過酷なものでした。
僕の父の場合、まず1日目に抗癌剤を点滴で約10時間かけて投与します。
そして2日目以降は、抗癌剤の影響を軽減するための点滴を、毎日約8時間かけて5日間連続で行います。
これを1クールとし、ひと月に2クール。
しかも、点滴の開始時間は毎朝9時。
そのため、僕は病院に8時45分には到着し、受付を済ませなければなりませんでした。
これは僕の父だけの特殊な治療というわけではありません。
当時、実際にこうした治療を受けている患者さんはたくさんいました。
そもそも、なぜこんな治療になったのか。
僕は当時、ニュースなどで耳にしていた2005年の小泉政権時代の介護医療改革の影響もあるのだと思っていました。
病院のベッドを効率よく回転させる。
入院期間を短くする。
治療できるものは、できるだけ通院で行う。
そうした流れが進んでいた時代でした。
書類の上だけを見れば、
「点滴をしているだけの治療だろう」
と思われるかもしれません。
でも、実際にその治療を受けている患者本人や、それを支える家族にとっては、とても過酷な時間でした。
皆さん、おかしいと思うのは僕だけでしょうか?
-続く-次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年08月20日 05:02
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第72話 父のお金
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第71話 大人のお金の使い方』前回のお話↓『第70話 抑えきれない感情』前回のお話↓『第69話 父から母への別居通告』前回のお話↓2011年3月17日(木)。僕は、金山先生の家の一室を借り…ameblo.jp
母親が施設に入所してから、ほぼ2日に1回のペースで担当ケアマネジャーの阿久さんからメールが来るようになりました。
内容は、
「お母様が家に帰りたがっている」「あまりこちらの言うことを聞いてくれないので、リハビリが進まない」
というものがほとんどでした。
しかし、今の僕にはどうすることもできません。
適当にやり取りをして、そのまま放っておきました。
それよりも、父の病院とのやり取り。
市役所。
銀行。
そして、僕自身が仕事を休まざるを得ない状況。
毎日を必死に過ごしているうちに、父が再び入院する日が近づいていました。
父が入院する前日。
僕は、どうしても父に聞いておきたいことがありました。
僕:
「なあ親父……。今、この家にあるお金って、いくらあるん?」
すると父は、強い口調で答えました。
父:
「なんでそんなこと、お前に言わなあかんのや!?」
僕:
「当たり前やん! だってオカンの入所先も、まだ不安定やし。親父は明日から入院やねんで! 俺は当分働けへんから、心配なんや!」
田舎から父の介護を手伝いに来てくれていた伯母も、僕の言葉に続きました。
伯母:
「そりゃ、この子の言い分はもっともですわ。働きたくても働けへんのやさかい……。私も心配やなと思っていたところですわ」
父は、しばらく黙ったまま俯いていました。
そして、ボソッと言いました。
父:
「お前が今年一年は働かなくてもええように……いや、もしものために、貯蓄していた預金がある……」
僕は、その言葉を聞いて驚きました。
父は、そんなことを一言も僕に話していなかったからです。
そして父は、メモ用紙を取り出しました。
そこに、貯蓄している金額を書き始めました。
僕は、その金額を見た瞬間、言葉を失いました。
僕:
「……こんなに……すごっ……」
その時、改めて父親の凄さを思い知らされた気がしました。
自分がいつまで元気でいられるか分からない。
家族に何が起こるかも分からない。
だから父は、僕が働けなくなった時のことまで考えて、お金を残してくれていたのです。
「お前が今年一年は働かなくてもいいように」
その言葉が、僕の胸に残りました。
父は、僕に何も言わず、ずっと準備してくれていたのです。
そして、この父が残してくれていたお金が、これから始まる生活の中で、どれほど大きな意味を持つことになるのか――。
そして翌日。
父は、最期の入院の日を迎えました。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年08月19日 05:01
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第71話 大人のお金の使い方
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第70話 抑えきれない感情』前回のお話↓『第69話 父から母への別居通告』前回のお話↓2011年3月17日(木)。僕は、金山先生の家の一室を借りて、母に病気の告知をすることにした。部屋に…ameblo.jp
母への告知が終わっても、僕に休む時間はありませんでした。
次から次へと問題が起こりました。
ひとつ目は、父親の容体が少し落ち着いたことで、病院から退院を告げられたことでした。
別に治ったわけではありません。
以前にも書いた通り、通いで治療できる範囲なら、病院側はベッドを空けたいからと言わんばかりに退院させてきました。
父親は退院を喜んでいました。
しかし、僕と伯母にとっては、自宅で半寝たきりの父親を看るという大きな負担が増えることになります。
そして、2つ目の問題が【クレジットカード】でした。
父は、これから母の施設費や医療費など、さまざまなお金が必要になることを考え、母名義のクレジットカードの引き落とし先を、母の口座から父の口座へ変更しようとしました。
そこで、クレジットカード会社のサービスセンターへ問い合わせました。
しかし、返ってきた答えは..
「引き落とし先を変更するには、ご本人からの申請が必要です」
というものでした。
たとえ配偶者であっても、実の子どもであっても、本人の意思なしに変更することはできない。
本人以外が手続きをするには、法的に認められた代理人などでなければならないとのことでした。
思い通りにいかないことに、父は激怒しました。
父:「もう解約する! 解約用紙を送ってくれ!」
母名義のクレジットカードでは、電気、ガス、水道などの生活費から病院代まで、さまざまな支払いを自動引き落としにしていました。
それが、すべてできなくなったのです。
その結果、
歩くことのできない父に代わり、僕が銀行や郵便局を走り回る日々が始まりました。
毎日の買い物。
母の施設との打ち合わせ。
市役所。
病院。
銀行。
とにかく、毎日いろいろな場所を走り回りました。
その時、僕は初めて強く感じました。
世の中の【契約】というものは、たとえ家族であっても、本人でなければ簡単には動かせないものなのだ、と。
そして、どれだけ走り回っても、
僕の通帳に給料が振り込まれることはありませんでした。
そんな日々を送っていたある日、父が僕に頼みごとをしてきました。
父:「悪いが、ちょっと郵便局に行って現金書留を買ってきて欲しいねん。あと、その足で銀行に行って、生活費とは別にお金を下ろしてきて欲しい。」
僕:「ええけど……何するん?」
父:「今回の件で、いろいろお世話になった方々に、いくらか包もうと思ってな……」
僕:「……世の中って、そういうもんなん?」
父:「少なくともワシは、そうして今まで生きてきたからな! 感謝の気持ちを表すには、現金が一番わかりやすい。」
その言葉を聞いて、僕の頭の中をいろいろな出来事が駆け巡りました。
税理士の先生が、わざわざ家まで来て、我が家の確定申告を自ら進んでしてくれたこと。
父が現役だった頃に知り合った九州の取引先の方が、わざわざ家まで心配してお見舞いに来てくれたこと。
父には、父なりの人付き合いがあり、これまで築いてきた人との縁があったのだと思います。
もちろん、お金だけの関係ではありません。
そこには、お互いに信頼し合った、大人同士の付き合いがあったのだと思います。
普通に考えて、忙しい中、わざわざ個人宅の確定申告をするために家まで来てくれる税理士。
そして、九州から、わざわざ父のお見舞いのために来てくれる取引先の方。
僕には、そんなことをしてくれる人がいるのだろうか……。
そう考えさせられました。
僕:「分かった。行ってくるわ。」
そして僕は、父に頼まれたお金を用意するため、郵便局と銀行へ向かいました。
そして後になって、この出来事をきっかけに
【金の切れ目が縁の切れ目】
という言葉の意味を、僕自身が身をもって思い知らされることになるとは、この頃の僕はまだ知りませんでした。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年08月18日 05:02
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第70話 抑えきれない感情
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第69話 父から母への別居通告』前回のお話↓2011年3月17日(木)。僕は、金山先生の家の一室を借りて、母に病気の告知をすることにした。部屋には僕と母、金山先生、それに金山先生の息子さん(…ameblo.jp
母を施設へ送る車の中。
母は、窓の外をぼんやり眺めながら、僕にこうつぶやいた。
母:「何もかも終わりね……何もかも……。あ~あぁ……無くなっちゃった。」
僕:「………………。」
母:「私、やっぱダメね……本当に……。ね!? そう思うでしょ?」
僕:「………………。」
内心では、イライラが込み上げていた。
母:「なんで、こんな事になっちゃったのかしら……。」
僕:「………………。」
(アンタのせいだよ……。)
母:「これから、どうしたらいいの……。」
その言葉を聞いた瞬間。
僕は、思わず声を上げた。
僕:「そんなん、こっちが聞きたいわ!!」
母が黙る。
僕:「何もかも無くなったのは、俺もそうや!! 仕事、友達、音楽……何もかもや!!」
母は、それを聞くと黙ったまま外を見ていた。
目から涙がボロボロとこぼれている。
その姿が、バックミラーに映っていた。
それでも僕は、止められなかった。
僕:「良かったやんか。」
母は何も言わない。
僕:「こうなる1年くらい前から、俺と親父に喚き散らしながら言い続けてたやんか。」
僕:「『もう何もかもやめて、老人ホームで暮らしたい。全ぇーーーーん部やめて、楽になりたい』って。」
僕は、バックミラー越しに母を見た。
僕:「希望が叶って良いやんか。覚えてへんのか?」
母は、黙ったままだった。
僕も、それ以上は何も言わなかった。
そして、そのまま施設へ向かった。
施設に到着し、入口の扉が開く。
母は、一度も振り返ることなく、そのまま建物の中へ入っていった。
僕は車の中から、その後ろ姿を見ていた。
この時、僕が母親に抱いた感情は――
「ザマァないな。反省しろ。」
それだけだった。
綺麗な言葉なんて、何一つ浮かばなかった。
僕は、早くこの人から解放されたくてしょうがなかった。
-続く-
次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年08月17日 05:01
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第69話 父から母への別居通告
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第68話 病気の元凶は【便秘】』前回のお話↓『第67話 父の決断』前回のお話↓『第66話 告知の準備』前回のお話↓『第65話 母から受けた心の傷』前回のお話↓『第64話 告知の壁』前回のお話…ameblo.jp
2011年3月17日(木)。
僕は、金山先生の家の一室を借りて、母に病気の告知をすることにした。
部屋には僕と母、金山先生、それに金山先生の息子さん(推定32~33歳で、職業は犬の訓練士)の四人。
善ケアマネージャーには、今回は外してもらっていた。
僕が口を開く。
僕:「なぁ、オカン……話があるねんけど。」
母:「何? 私、今度こそ家に帰れるのよね?」
僕:「……それは出来ひんねん!!」
母の表情が一瞬で強張る。
母:「どうしてよ!! 私は何処も悪くはないわ!!」
僕は一度息を飲んで、言葉を続けた。
僕:「オカン……覚えてるか? 何があったか。」
母:「……私、何かした?」
僕:「2011年1月24日、自殺未遂したんや。そこから海王医大に入院してた。」
一拍置いて、続ける。
僕:「今の診断は、若年性認知症や。」
母:「……え。」
その声は小さかった。
母はそれ以上何も言わず、ただ僕を見ていた。
僕:「それだけやない。電話かけまくったり、外で騒いだり……色んな人に迷惑かけてたの、覚えてるか?」
母:「……うん……?」
言葉が途中で途切れる。
僕は鞄から封筒を取り出した。
僕:「今日はな、親父から手紙預かってきた。」
母:「……お父さん、大丈夫なの?」
僕:「……親父の病気、分かってるか?」
母:「心筋梗塞でしょ?」
僕は何も言わず、封筒を開いた。
紙を広げ、読み上げる。
「千夏へ
お元気ですか。
創人から色々聞いていると思いますが、それは事実です。
まず、あなたとはもう一緒に暮らせません。」
その一文で、部屋の空気が止まった。
続きが読み上げられるたびに、母の顔から色が抜けていく。
父の病状。
これまでの出来事。
周囲への影響。
そして、もう支えきれないという現実。
読み終えたとき、母は俯いたまま動かなかった。
やがて、ぽつりと涙が落ちる。
左目から、静かに。
母:「……分からない。何が悪かったのかも……でも、全部私が悪いんでしょ?」
顔を上げないまま、声だけが震える。
母:「じゃあ……私はこれから、どうやって生きていけばいいの?」
部屋が静まり返る。
僕は一瞬、言葉を失った。
金山先生が立ち上がる。
金山先生:「何言ってるの!! まだあるやろ!! 生きがい!! 子供の成長、見ていけばええやんか!!」
母はゆっくり顔を上げた。
母:「……そんなの、どうでもいい。」
その一言だけが、はっきりと落ちた。
空気がさらに重くなる。
僕は拳を握ったまま、何も言えなかった。
母はそのまま、子供のように唇を尖らせて視線を外した。
沈黙。
僕は一歩前に出る。
僕:「……頼むから、まず“自分が病気や”ってことだけ分かってくれ。」
声が少しだけ強くなる。
僕:「今は治すことだけ考えてくれ。ほんまにそれだけや。」
一度息を吐いて、続けた。
僕:「悪いけど、今は親父が限界や。オカンのことまで全部は見れへん。」
僕:「このあと、施設に行く。治療のためや。」
母は何も返さなかった。
ただ、涙だけが止まらなかった。
やがて、金山先生が静かに言う。
金山先生:「また……一回ご飯でも行きましょう。大鐘先生も、みんな心配してるから。」
母は反応しない。
僕はその横顔を見たまま、視線を外した。
車の鍵を握る。
そして、母に声をかけることなく立ち上がった。
外に出ると、冷たい空気が頬を刺した。
僕は母を車に乗せる。
ドアが閉まる音が、やけに重く響いた。
エンジンをかける。
車がゆっくり動き出す。
後ろに座る母は、ずっと窓の外を見ていた。
僕はハンドルを握り直す。
この先、何が待っているのかはまだ分からないまま。
車は施設へ向かって走り出した。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年08月16日 05:02
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第68話 病気の元凶は【便秘】
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
3月上旬のある日。
僕は、いつものように病院へ母を迎えに行った。
すると、この日、担当医の真白先生から、母の病気について驚くべき話を聞かされた。
母の病気の「根本的な原因」が分かったというのだ。
真白医師:「もうインスリンの注射は、1日1回で良いですよ。このままいけば、注射から服薬にも変更できそうだしね!! 薬が効かなかった原因が解消されたからかな!?」
僕:「原因が分かったんですか!? 5年間、母の数値は悪くなる一方だったのに……。何だったんですか?」
真白医師:「ズバリ……≪便秘≫やね!!」
僕:「えっ……!? ≪便秘≫?」
真白医師:「≪便秘≫を馬鹿にしちゃぁイケないよ!!薬の吸収にも腸の状態は関係してくるからね。
君のお母さんの場合、問診とレントゲンの結果、極度の便秘症ということが分かったんだよ。
だから、摘便と薬で便秘をかなり解消した結果、血糖値も改善してきたようだね。
……というか、海王医大でもちゃんと診ていれば分かったはずなんだけどね……」
まさに、その通りだった。
5年間、母の医療費は月5~6万円ほどかかっていた。
それが、この病院に来てからは月1~2万円ほどにまで減った。
しかも、血糖値もほぼ正常値に近づいていた。
その変化こそが、何よりの証拠だった。
僕:「先生、本当にありがとうございます!!」
真白医師:「いや……もう(告知)言ったの??」
僕:「この後、言います。」
真白医師:「そう……。この後の段取りは聞いているから、新しい病院への紹介状を書いときますから、よろしくね!!」
僕:「……はい。」
そして僕は、待合室にいる母のもとへ向かった。
母に、これから伝えなければならないことがある。
僕は一度深呼吸をして、母のいる待合室へと歩き出した。
-続く-
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- 2026年08月15日 05:05
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第67話 父の決断
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
話を終えて家に帰った僕は、事の経緯を父に伝えるため、伯母に車の中でこれまでの経緯を説明しながら病院へ向かった。
そして父に、母宛てに手紙を書いてくれるよう頼んだ。
僕:「親父……金山先生とケアマネの助言なんや!!しゃーないねん。」
父:「……………………………。」
伯母:「そうどすえ。今回の件は、この子の言う通りやと思いますわぁ。手紙、書いたっておくれやす。」
父:「……………………………。」
僕:「なぁ、親父……聞いてくれているか?」
椅子にもたれかかった父は、終始無言を貫いていました。
そのまま5分ほど沈黙が続いた頃だったと思います。
やがて、父が口を開きました。
父:「アイツに告知する時は、金山先生は立ち会ってくれるんねんな?」
僕:「そうや……。俺と金山先生とケアマネの三人で言うつもりやで!!」
父:「……分かった。紙とペンを……。」
紙とペンを受け取ると、父は何も言わず、黙々と筆を走らせ始めた。
それは、父なりの覚悟だったのかもしれません。
――続く――
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- 2026年08月14日 05:00
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第66話 告知の準備
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
母に告知するにあたり、金山先生は言いました。
金山先生:「お母さんに告知しても、病気のせいですぐに忘れてしまうかもしれないわね。」
僕:「じゃあ、告知する意味がないのではないですか?」
金山先生:「いいえ!! 言ったことは忘れても、『何か言われたな』ということは心に残るものなのよ。だけど……ダメ押しする必要があるわね。」
僕:「ダメ押しですか?」
金山先生:「だって、病気になる前から、あなたとお母さんの関係は最悪の状態だったんでしょう? だから、あなたの言うことを最初から信じない可能性があるもの。」
僕:「では、どうするんですか?」
金山先生:「お父さんに手紙を書いてもらうの!! しかも、直筆でね……。」
僕:「手紙……ですか?」
金山先生:「内容は、『あなたは、もう二度と自宅に帰れない。一緒にも暮らせない』というもの。」
僕:「!!!???……そんなこと……。」
金山先生:「私の経験上、必要よ。」
すると、一緒に話を聞いていたケアマネージャーの善さんが口を開きました。
善ケアマネ:「私の経験から言っても、金山先生が言っていることは本当です。これをしないと、多分、話が前に進まないと思います。」
僕はそれを聞いて、黙って頷くしかありませんでした。
母に現実を伝えるために、父親の直筆の手紙まで用意しなければならない――。
この時、僕が母親に対して感じていたこと以上に気になっていたのは、父親にこれ以上の負担をかけてしまうことでした。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年08月13日 05:04
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第65話 母から受けた心の傷
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第64話 告知の壁』前回のお話↓『第63話 生き地獄の日々』前回のお話↓『第62話 大人の世界??』前回のお話↓『第61話 カウントダウン』前回のお話↓『第60話 二度目の抗がん…ameblo.jp
母親に告知をする――。
その話をする中で、母はどうやら自分がこれまで僕にしてきたことを、ほとんど覚えていないらしいことが分かった。
うちの母は、音楽大学のクラシック科で非常勤講師をしていました。
専攻は打楽器。
自宅でもピアノやわらべ歌、打楽器などを教えていて、近所ではちょっとした有名人でした。
年に数回はコンサートも開いていました。
周りから見れば、音楽を教える立派な先生だったのかもしれません。
しかし――。
僕にとっては、最低の母親でした。
僕は生まれてすぐ、母親に首を絞められて殺されそうになったところを、当時まだ生きていた祖母に助けられたそうです。
そのため、幼少期は母と離れて暮らしていたらしいです。
小学校に入ってからも、母は基本的に仕事で家にはほとんどいませんでした。
家にいたとしても仕事ばかり。
僕が母親にかまってもらったという記憶は、ほとんどありません。
それだけではありません。
僕の人生は、すべて母親が決めていました。
母に逆らおうものなら、打楽器のバチで頭を叩かれたり、家の外に4時間以上放り出されたり……。
時には、包丁が飛んできたこともありました。
そして、母が怒った時に言う決まり文句が、この3つでした。
・「あんたなんか、生まれて来なければ良かったのに!!」
・「あなたは悪魔の子!!」
・「あんたは、お父さんがどーーーしても産んでくれって頼むから、しょうがなしに産んであげたの!! だから文句はお父さんに言ってね!! 私に責任はないわ!!!」
僕は大学生になるまで、本気で思っていました。
「世の中の子どもは、みんな親からこういうことを言われて育っているんだ」と。
大学のコンパで、王様ゲームをした時のことです。
「親に言われてショックだったこと」というお題が出ました。
周りの友達が話したのは、
「エロビデオの音、下げてくれる?」
とか、
「あなた、こんな派手なブラつけてるの? ベージュ色にしなさい!!」
といった話でした。
そこで僕も、自分が母親から言われてきた言葉を話しました。
すると――。
その場が、一瞬で静まり返りました。
僕は、その時になって初めて気づきました。
「……あれ?」
「もしかして、みんな親からこんなことを言われているわけじゃないのか?」
本当に、僕は知らなかったのです。
それに、僕は昔から人付き合いが苦手でした。
小学校時代の僕の世話をしてくれていたのは、2年生までは母方の祖母・源千秋。
祖母が亡くなってからは、近所に住んでいた「樽金のおばちゃん」と呼ばれていた方が、僕の面倒を見てくれていました。
そして、これは過去のブログにも書きました。
第7話、第11話にも出てきますが、僕は中学生の頃、部活動に打ち込んでいました。
実力は、市内大会優勝。
地区大会ベスト4。
県大会では個人32位。
そして、西日本大会ベスト8の選手を倒すこともありました。
僕は部活一辺倒の生活を送り、スポーツ推薦で高校へ進学することを目指していました。
この頃の僕は、本気でオリンピックも夢じゃないと思っていました。
そして夏の大会が終わり、顧問の先生に推薦について聞きました。
すると先生から返ってきた言葉は、
「どこからも来ていないな!! 勉強せい!!」
でした。
僕は慌てました。
そこから死に物狂いで勉強し、何とか大阪の私立高校へ入学することができました。
大学まで附属している高校でした。
ちなみに、この高校も中学3年生の時の担任から紹介されたのですが……。
実は最近になって、その話にも母親が関わっていたことを知りました。
本当は、母親が担任の先生に「この高校を勧めてほしい」と言っていたのだそうです。
そして迎えた卒業式の日。
僕は、最後に顧問の先生へ挨拶に行きました。
すると先生は、僕にこう言いました。
顧問:「本当は4つくらい推薦が来ていてんけどな。お母さんが『絶対に許さん』言うて、お前に推薦が来たことを黙っていてくれと頼まれたんや。すまんな。
でも、お前なら高校でもそこそこ通用すると思うから、やるんやったら頑張れよ!!」
僕は、その場で頭が真っ白になりました。
家に帰ってから、母にそのことを尋ねました。
すると母は、こう言いました。
母:「将来サラリーマンになるあなたに、スポーツ推薦は必要ないでしょ!!
ちゃんと大学に入って、企業に就職してもらわないと。
今度行く高校も部活があるみたいだから、そこでしなさい!!」
僕は、返す言葉がありませんでした。
そして迎えた、高校の入学式の日。
僕は部活動の勧誘場所へ行き、卓球部を訪ねました。
そこで係の人に、
「卓球部ですか?」
と尋ねると、
職員:「卓球部!? あぁ、去年まではまともに活動していたんだけど、今年は確か部員が2人しかいなくなったから、現在は休部中だったはずだよ!!」
そう言われました。
その瞬間――。
僕の夢の1つが終わりました。
本気で目指していた夢。
それが、自分の実力ではなく、母親の判断によって消えてしまった。
だから僕は――。
母親が、この世で一番嫌いなのです。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年08月12日 05:03
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第64話 告知の壁
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第63話 生き地獄の日々』前回のお話↓『第62話 大人の世界??』前回のお話↓『第61話 カウントダウン』前回のお話↓『第60話 二度目の抗がん剤』前回のお話↓父が入院してから、その衰…ameblo.jp
真白医師から【グループホーム】への推薦書を書くことを断られてから、3日ほど経った頃。
金山先生から連絡がありました。
この頃になって知ったのですが、金山先生は母の親友で、母と同じ音大の教師を兼ねながら、訪問介護・居宅介護支援事業所の経営者もしているとのことでした。
だから、介護保険のことやケアマネージャーの紹介など、これまで色々と相談に乗ってくれていたのです。
金山先生から、
「高齢者賃貸住宅で引き受けてくれるかもしれない所があるから、話を聞きに行かない?」
と言われました。
【高齢者賃貸住宅】とは、高齢者が安全・安心に暮らせるように「バリアフリー化」され、「緊急時対応サービス」などを利用できる賃貸住宅のことです。
高齢者の生活を支援するため、任意の付加的サービスを提供したり、社会福祉施設などを併設したりすることで、より安心して住み続けられるようになっています。
平たく言えば、【一人暮らし用の介護施設マンション】のような所です。
一般的には、まず【高専賃(高齢者賃貸住宅)】があり、そこに住んでいる人が必要に応じて病院や介護サービスを探したり、紹介してもらったりする形が多いようです。
しかし、今回紹介してもらった所は、もともと病院が先にあり、その病院に併設する形で【高専賃】が建てられていました。
そのため、わざわざ病院を探さなくても、そこの先生やスタッフが診察や介護に関する手続きをサポートしてくれる。
僕にとっては、まさに願ってもない施設でした。
ただし、最大の問題が二つありました。
【インスリン投与の見守り】と、【母の自殺願望】です。
この二つの問題をどうするのか。
僕は、それが一番心配でした。
しかし、話を聞いてくれた受け入れ先の事務長とケアマネージャーは、
「24時間体制ではないにしろ、定期的に見回りはします」
「食事の時間帯にはヘルパーを入れるので、インスリンを打つ介助まではできませんが、誤って打たないように見守ることはできます」
「それに病院についても、うちが経営しているクリニックの内科の先生が訪問診察をしますし、他の分野についても提携している病院があります」
「前みたいに、どこも紹介状を書いてくれなくて診てもらえない、なんてこともなくなります。そこは心配しなくて大丈夫ですよ」
そう言ってくれました。
僕は、その言葉を聞いて少しだけホッとしました。
そして事務長が、
「一度、お母さんと面接をしましょう。まあ、聞いている内容なら要介護認定は出るでしょうから、大丈夫でしょう」
そう言いました。
その瞬間――
僕はハッとしてしまいました。
そう……。
母には、今の状況を何も伝えていないのです。
母は、自分がこれからどこへ行くのかも。
なぜそこへ行かなければならないのかも。
何も知りません。
僕は、
「わかりました。要介護認定が出次第、受け入れをお願い致します」
そう伝え、その場を後にしました。
受け入れ先は、ようやく決まりました。
これで一つ、大きな問題は解決した。
……そう思いました。
しかし、本当の意味での最大の難関は、ここからでした。
母に、今の状況をすべて伝えること。
そして、母自身に施設へ行くことを納得してもらうことです。
帰り道、僕はそのことばかり考えていました。
そんな僕に、金山先生が言いました。
「告知しましょう……可哀想だけど、それしかないわ」
「だって、あなたがお母さんと暮らそうとしたら、あなたはお母さんが生きている限り、24時間ずっと一緒にいないといけないのよ」
「それに今は、お父さんの件だってあるし……」
僕は何も言えませんでした。
ただ、黙ってうなずきました。
母に真実を伝える。
それが、次に僕が越えなければならない壁でした。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年08月11日 05:05
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第63話 生き地獄の日々
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
【認定調査】が終わった後のことでした。
母を【若年性認知症】、【精神疾患】と診断してくれた真白先生が、こう言いました。
真白先生「今の施設(緊急避難)に入ってから、血糖値も精神状態も落ち着いているね。この分なら、認知症専門のグループホームに入らなくてもいいんじゃない?」
僕は絶句してしまいました。
なぜなら、この時点ですでに母には【若年性認知症】という診断が下り、介護保険を取得するための【認定調査】も終わっていました。
僕の中では、恐らく【要介護1~2】程度の認定が出るだろうと考えていました。
だからこそ、母を受け入れてくれる施設を必死になって探し続け、ようやく1件、受け入れについて前向きに話を聞いてくれるグループホームが見つかっていたのです。
それなのに――。
ここで、また問題が出てきました。
介護施設は、基本的に【要介護】という5段階の認定を受け、介護保険の対象となっている人であれば、一定の条件のもとで受け入れが可能です。
しかし、母にはもう一つ大きな問題がありました。
【糖尿病】です。
当時の母は、1日に数回、基本的には食事のたびに【インスリン】の注射を打つ必要がありました。
介護職員ができることには限りがあります。
インスリン注射は医療行為にあたるため、介護職員だけで対応することはできません。
そのため、常時看護師が対応できるような体制が整っていない施設では、インスリン注射が必要な母を受け入れてもらうことは非常に難しい状況でした。
しかも、24時間体制で看護師が常駐している施設は、当時の僕が探した限りではほとんどありませんでした。
母は、まさにその「受け入れが難しいケース」だったのです。
ただ、近年は医療も進歩していて、血糖値の状態が安定すれば、インスリン注射から服薬(飲み薬)へ切り替えられる可能性もありました。
そして、それができれば、母を受け入れてくれる施設の選択肢も広がります。
僕は、その可能性にかけていました。
しかし、この時点では、母の症状はまだそこまで回復していませんでした。
僕は先生に尋ねました。
僕「先生は、今の母の状態を見る限り、グループホームに入るための診断書や紹介状は書けないのでしょうか?」
真白先生「そうだね。糖尿病が悪化すると、認知症の症状が酷くなる傾向があることも分かってきたからね。血糖値のコントロールさえうまくいけば、わざわざグループホームに入所しなくてもいいと思うよ」
そして、先生は続けました。
真白先生「それに、お母さんはまだ58歳と若いからね。グループホームは平均すると70~80歳くらいの高齢者が多い場所だから、そこで生活することで精神的に追い詰められて、また自殺を考えてしまう可能性もある。グループホームはインスリン注射も難しいんでしょ?」
僕「でも、このままいけば、以前先生がおっしゃっていたように、服薬に切り替えられる可能性もありますよね?」
「だから、やっと1件、話を聞いてくれるグループホームが見つかったんです。服薬に切り替わった瞬間に入所できるように、今から段取りを進めているのですが……」
必死でした。
ここまで、どれだけ施設を探し回ったか。
何度断られたか。
それでも諦めず、ようやく見つけた受け入れ先でした。
しかし、真白先生の答えは変わりませんでした。
真白先生「あなたの事情は分かるよ。でも、僕は医者だからね。嘘を書くことはできないよ」
そして最後に、
真白先生「だから、別の手段も考えておいて頂戴ね」
そう言われました。
――目の前が真っ暗になりました。
「また振り出しなのか……」
せっかく見つけた道が、また閉ざされてしまったような気がしました。
母をどうすればいいのか。
どこへ連れて行けばいいのか。
そして僕は、また一から受け入れてくれる場所を探さなければならなくなりました。
僕は、心の中でこう思いました。
「母親に『あんたなんて生まれて来なければ良かったのに』と言われ続けてきた。
それでも僕が生きている理由は、あんたの面倒を見るためなのか?
だとしたら――
俺を殺してくれよ、神様。」
そう思いました。
それは、僕自身が限界まで追い詰められていた瞬間でした。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年08月10日 05:02
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第62話 大人の世界??
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
父が死にかけている一方で、僕は母親の受け入れ先を探し続けていました。
でも、見つかりませんでした。
……というより、見つかるはずがなかったのです。
理由は、母が介護保険の認定を受けていなかったからでした。
当時、介護保険は原則65歳以上が対象です。
母はまだ58歳だったため、対象外でした。
もちろん、40歳以上65歳未満でも16疾病に該当すれば介護保険を利用できる制度があります。
しかし以前、16疾病に含まれる糖尿病を理由に介護保険を申請するため、海王医大へ診断書の作成を依頼したことがありました。
ところが、その時は「異常なし」と診断され、申請は認められませんでした。
今思えば、面倒なことに関わりたくなかったのかもしれません。
そんな状況を見かねた金山先生が、ある日、真白病院の待合室で僕に声を掛けてくれました。
「創人君、こうなったら最後の手段を使いましょう。」
「最後の手段?」
「介護保険を申請して認定を受けるのよ。真白先生の正式な認知症の診断はまだ時間がかかる。でも認知症と糖尿病という事実はあるでしょう。それをもとに認定調査を受けて、要介護認定さえ受けられれば受け入れ先の幅はぐっと広がるわ。」
「でも認定調査って市の職員さんが来るんですよね。この中途半端に元気な母に要介護なんて出るとは思えませんが……。」
すると金山先生は少し声を落として言いました。
「これは最後の手段だけど、認定調査の時間は千夏さんに眠ってもらうわ。」
「えっ!?」
「本人には調査の日だと伝えてあるのに眠ってしまっている。仮に起こしても意識は朦朧としているはず。あとは善ケアマネジャーが普段の様子を説明してくれるから、創人君も話を合わせてくれればいいわ。」
正直、戸惑いました。
本当にこんなことをしていいのだろうか。
そんな気持ちはありました。
それでも、このままでは母を受け入れてくれる施設は見つからない。
当時の僕には、他に選択肢がありませんでした。
先生を信じて段取りを進め、3月27日、当時母がお世話になっていた緊急受け入れ先の施設で介護保険の認定調査を受けました。
認定調査の前、金山先生は母に睡眠薬を飲ませました。
母は眠気で意識が朦朧とした状態のまま、認定調査を受けることになりました。
その光景を見ながら、僕は「本当にこんなことをしていいのだろうか」と複雑な気持ちでいっぱいでした。
でも、このままでは母を受け入れてくれる施設は見つからない。
当時の僕には、それ以外の方法が思い浮かびませんでした。
結果が出るまで約1か月。
僕は良い結果が出ることを祈るしかありませんでした。
当時の僕は、
「これが大人の世界のやり方なのだろうか……。」
そんな疑問を抱きながら、金山先生にお礼を伝えました。
-続く-
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- 2026年08月09日 05:02
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第61話 カウントダウン
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
僕は相変わらず母の受け入れ先を探しながら、父が入院している病院へ見舞いに通っていました。
ですが、日に日に弱っていく父の姿を見るのが本当に辛く、毎日病院へ足を運ぶことはできませんでした。
気が付けば、お見舞いは3日に一度ほどのペースになっていました。
そんなある日。
父を以前から診てくださっていた、いささか先生がお見舞いに来てくださいました。
先生は病室へ入ると、父に優しく声を掛けました。
「顔色が家にいた時より良いですよ。この調子なら大丈夫かもしれませんね。」
父は少しだけ笑顔を見せ、その言葉を嬉しそうに聞いていました。
その姿を見て、僕も少しだけ安心したのを覚えています。
ですが、先生が病室を出られる際、
「創人くん、ちょっといいかな。」
そう言って、僕だけが廊下へ呼ばれました。
先生は少し間を置き、静かにこう言いました。
「お父さんと、たくさん話をしてあげてくださいね。」
「今は腹が立つことを言われても、それもいつか必ず良い思い出になりますから……。」
その一言で、僕はすべてを悟りました。
先生は父の前では、最後まで希望を持たせてくださいました。
でも、本当のことは僕にだけ伝えてくれたのです。
父と過ごせる時間は、もう長くない。
そう理解した瞬間、胸が締め付けられ、言葉が出ませんでした。
僕は病室へ戻り、何事もなかったかのように父と話をしました。
でも心の中では、
「もう、お別れの日が近づいている。」
そう思いながら、父の顔を見つめていました。
-続く-
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- 2026年08月08日 05:03
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第60話 二度目の抗がん剤
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
父が入院してから、その衰えは想像を超えるものでした。
今になって思えば、あの時、二度目の抗がん剤治療をやめて緩和ケアへ切り替えていたら、父はもう少し長く生きられたのかもしれません。
ですが、それは今だから思えることで、当時の僕たちは「少しでも可能性があるなら」と、その望みにすがるしかありませんでした。
父は担当医にこう話しました。
「何もせず、いつ起こるか分からない心筋梗塞を恐れながら死ぬより、抗がん剤に挑戦した方がええ。もしダメやったとしても、その時は諦めがつく。だから、やって下さい。」
その言葉を聞いた僕は、何も言えませんでした。
父が自分で決めた治療を、止めることはできなかったのです。
しかし、投薬からわずか5日後。
父の全身には赤い湿疹が広がり、顔中の皮膚がめくれ始めました。
さらに口の中には無数の口内炎ができ、食事をほとんど口にできなくなってしまいました。
それだけではありませんでした。
背骨へ転移していたがんの影響で、背骨の内側にある骨が二本砕けてしまったのです。
先生から、背骨は何枚もの骨が重なって支え合う構造になっていると説明を受けました。
その影響で父は完全な寝たきりとなり、自力で起き上がることさえできなくなってしまいました。
それでも父は諦めませんでした。
「ワシはまだやり残したことがある! このまま死ねるか! 絶対に家へ帰るんや!」
そう言って、痛みに耐えながら必死に食事を口へ運び、少しでも体力をつけようとしていました。
その姿を見るたびに、僕の胸は締め付けられるのでした。
-続く-
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- 2026年08月07日 05:01
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第59話 補助金と詐欺扱いと自主退職
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
僕が入社した会社は、A市が実施していた介護職育成プログラムを利用して採用を行っていた。
採用面接の前、社長から、
「一度ハローワークへ行き、この制度を利用できるよう手続きをしてください。」
と言われ、僕は指示どおり手続きを済ませた。
当時は、それが就職するために必要な手続きなのだと思っていた。
後になって知ったことだが、この制度を利用すると会社にはA市から補助金が支給される仕組みだった。
金額については、毎月約60万〜100万円ほどと会社で耳にしたことがあったが、これは当時聞いた話であり、正確な金額は分からない。
しかし、母の介護や父の看病の影響で僕の出勤日数が不足し、補助金の支給条件を満たせなくなった。
その後、会社からはA市より確認が入り、「補助金目当ての採用ではないか」という趣旨の疑いを持たれたと説明を受けた。
さらに社長は、
「面接の段階では、彼の家庭環境がここまで大変だとは聞いていなかった。」
と説明したという。
その結果、僕自身にも疑いの目が向けられることになった。
僕はA市へ事情を詳しく説明した文書を提出し、自分は何も偽っていないことを伝えた。
すると、A市から会社に対し、
「この状況で解雇するのは倫理的に問題があるのではないか。」
という趣旨で、休職という形も検討してほしいとの話があったと説明を受けた。
しかし会社は、
「当社では週2日以上出勤しなければ、社会保険や年金を継続できない規則です。」
と回答した。
僕は入社時、そのような説明を受けた記憶はなかった。
結局、解雇ではなく、書類上は自主退職として処理されることになった。
そしてハローワークの職歴には、
『就職後3か月で退職』
という記録だけが残った。
さらに会社からは、
「この支援プログラムを1年未満で退職したため、今後この制度は利用できなくなる。」
と説明を受けた。
仕事を失って約3週間。
僕は母を受け入れてくれる施設を毎日のように探し続けていた。
しかし、どこへ相談しても受け入れ先は見つからなかった。
そんな中、3月20日。
今度は父の再入院が決まる。
状況は、さらに悪化していくのだった。
-続く-
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- 2026年08月06日 05:02
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第58話 優しかった理由はお金
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第57話 神様、僕は独りですが??』前回のお話↓『第56話 僕の妹、愛犬アイの死』前回のお話↓2月下旬のある日。僕は相変わらず母親の受け入れ先を探すため、朝からB県N市を回っていました。ケアマネ…ameblo.jp
2月下旬。
僕は、この先どうすればいいのか全く見えなくなっていた。
毎日落ち込むばかりで、「これ以上会社に迷惑を掛けるわけにはいかない」という思いだけが頭を支配していた。
休職中だった僕は勤め先へ向かい、上司にこう伝えた。
「これ以上、会社に迷惑を掛けるわけにはいかないので、退職させてください。」
そう言って退職届を差し出した。
しかし、上司は退職届を受け取ろうとはしなかった。
「まあ、もう少し様子を見よう。家のことが落ち着いたら、また働けばいいんだから。」
その言葉に、僕は救われた気持ちになった。
「こんな状態の僕でも、会社は必要としてくれている。」
この時の僕は、本気でそう信じていた。
母は若年性認知症と精神疾患を抱え、さらに糖尿病によるインスリン管理が必要だったため、受け入れてくれる施設も見つからない。
父も介護が必要な状態。
毎日が綱渡りのような生活だった。
それでも僕は、何とかこの状況を立て直し、もう一度職場へ戻りたいと強く思っていた。
しかし、現実はそんなに甘くはなかった。
相変わらず家の問題に追われる日々を過ごしていた3月某日。
突然、会社へ呼び出された。
そこで告げられた言葉は、あまりにも突然だった。
「君は解雇です。」
僕は耳を疑った。
あれほど引き留めてくれた上司の姿はなく、目の前にいたのは社長だけだった。
僕は理由を尋ねた。
「どうして急に解雇なんですか?」
社長は静かに口を開いた。
「君は会社とA市を騙して入社した人間だと、ワシは思っている。家の事情は聞いていたが、ここまでとは思わなかった。よくそれで仕事をしようと思ったね。」
「騙す……? 僕は何も騙していません。どういうことですか?」
すると社長は続けた。
「君は面接で、お父さんの介護が必要とは言った。でも、お母さんがこんな状態になるとは言ってなかったよね? 実際、こんな状況で仕事が続けられるわけがない。それを知っていたら、ワシは君を雇わなかった。」
僕は必死に説明した。
「母の容体が変わったのは、入社してからです。」
しかし社長は首を振った。
「でも、予兆くらいは分かったんじゃないの? おかげでウチはA市から詐欺を疑われるし、補助金も入らない。最悪だよ。」
「補助金……?」
僕には何のことか分からなかった。
社長はさらに言った。
「君はA市の介護職支援プロジェクトで採用した人間なんだ。本来なら会社には毎月60万から100万円の補助金が入る予定だった。でも、それが全部パーになりそうなんだよ。君に払った社会保険も無駄になった。」
僕は初めて、その制度の存在を知った。
会社の事情も、補助金の話も、何ひとつ聞かされていなかった。
そして、この時ようやく気付いた。
あの時、退職届を受け取らず、
「もう少し様子を見よう。」
そう言ってくれた理由。
会社が僕を必要としていた理由。
僕がそう感じた理由は、一つしかなかった。
それは――
お金だった。
-続く-
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- 2026年08月05日 05:06
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第57話 神様、僕は独りですが??
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第56話 僕の妹、愛犬アイの死』前回のお話↓2月下旬のある日。僕は相変わらず母親の受け入れ先を探すため、朝からB県N市を回っていました。ケアマネの善さんから教えてもらった施設を訪ねて直接お願…ameblo.jp
アイの亡骸を抱えて家へ戻ると、伯母と父が迎えてくれた。
伯母はアイの顔を見つめ、一言だけ静かに言った。
「ご苦労さんでしたな。大変やったのに、一人でよう頑張り張って……お疲れさんどした。」
父は涙を浮かべながら、小さな声でつぶやいた。
「ごめんな……アイ。」
最愛の家族を失った瞬間だった。
アイは後日、埋葬することになった。
当時の僕には、付き合ってまだ2か月ほどの彼女がいた。
彼女も一緒に埋葬に来てくれたのだが、この出来事をきっかけに、僕たちは別れることになった。
理由は、
「最近のあなたといても、暗い話ばっかりで全然おもんない。」
その一言だった。
彼女とは、僕がバンドをしていた頃に通っていたスタジオで知り合った。
もともとはスタジオのお客さんで、彼女が大学1年生の頃からの知り合いだった。
恋愛感情があったわけではない。
それでも、僕が音楽を辞めるタイミングで、なぜか付き合うことになった。
しかし、付き合い始めた頃から僕の家庭環境は急激に悪化していった。
彼女からすれば、
「なんなの、この状況?」
そう思っても無理はなかったのかもしれない。
彼女は大学4回生。
卒業を控え、就職先も決まり、希望に満ちた毎日を過ごしていた。
一方の僕は、母の入所先を探すだけで精一杯だった。
そんな中、今度は父の容体が悪化した。
退院後、以前から抱えていた腰痛がさらに悪化し、検査の結果、腰椎圧迫骨折の形跡が見つかった。
父は、ほとんど一人では歩けなくなってしまった。
母だけではない。
今度は父にも介護が必要になったのだ。
そのため、海王病院を通じてケアマネジャーの選任をお願いしたが、契約手続きには約3週間かかると言われた。
その間も、住宅改修の立ち会い、ヘルパー利用開始の準備、介護用品の買い出し、自宅へ来る業者や関係者への対応など、毎日やるべきことは山のようにあった。
それでも僕は、一日でも早く仕事へ戻りたかった。
社会に復帰し、これまで通り働きたい。
その気持ちは、一度も変わることはなかった。
しかし、現実はそう簡単ではなかった。
母の施設から連絡が入れば駆けつけ、父の介護の準備にも追われる。
気が付けば、仕事へ行けない日々が続いていた。
ある日、一日を終えて空を見上げた僕は、思わずつぶやいた。
「神様。
僕はそんなに悪いことをしてきましたか?
バンドで好き勝手に生きてきたことが、そんなにいけなかったんですか?
思い当たることはあります。
でも、僕は1人しかいないんです。
母も父も、僕しか頼れる人がいない。
もう……無理や。」
もちろん、神様は何も答えてはくれなかった。
-続く-
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- 2026年08月04日 05:04
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第57話 僕の妹、愛犬アイの死
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
2月下旬のある日。
僕は相変わらず母親の受け入れ先を探すため、朝からB県N市を回っていました。
ケアマネの善さんから教えてもらった施設を訪ねて直接お願いしたり、電話をかけたりしていましたが、この日も受け入れてくれる施設は見つかりませんでした。
そんな時、犬山さんからメールが届きました。
「今日は朝からアイちゃんの元気がありません。一度、顔を見に来てあげてください。」
という内容でした。
僕は、
「申し訳ありません。母親の受け入れ先探しに手間取っていて、今はそちらへ行く時間がありません。またご連絡します。」
と返信しました。
そして昼過ぎ。
この日は成果が出ないまま諦めてA県へ帰ることにしました。
当時、移動はバイクでした。
帰り道、電話のバイブが何度も鳴っていました。
ですが、
「運転中だし、父親の着替えも買わないといけない。伯母に頼まれていた晩ご飯の買い出しもある。家に帰ってから折り返そう。」
そう思い、電話には出ませんでした。
買い物を終え、バイクに乗ろうとしたその時。
再び電話が鳴りました。
犬山さんからでした。
「はい、もしもし。」
犬山さんは取り乱した声で叫びました。
「ああああ、やっと繋がった!! アイが……アイちゃんが……!!」
「アイがどうしたんですか!?」
「30分くらい前に急に『キューーーーン!!!』って大きな声で鳴いたと思ったら、そのまま動かなくなったのよ!!」
「えっ……!!?」
僕は慌ててバイクで家へ戻り、すぐに車へ乗り換えて犬山さんの家へ向かいました。
犬山さんは家の前で、毛布に包まれたアイを抱いて待っていてくれました。
僕はアイを受け取ると、そのまま動物病院へ向かいました。
そして――。
アイの死亡が確認されました。
獣医の先生は静かに言いました。
「死因は心臓発作です。問診で伺った状況から考えると、環境が急激に変わったことによる強いストレスが原因だった可能性があります。アイちゃんは16歳という年齢を考えると本当に元気な子でしたから……。」
僕の家には、もともと3匹の犬がいました。
1匹目は、アイの父親である『ウータン』。
16年間という長い犬生を全うし、2年前に天国へ旅立ちました。
思い返せば、ウータンも家庭環境が悪化し始めた頃から急に体調を崩した記憶があります。
僕には兄弟はいません。
だから僕にとって、ウータン、アイ、エオは兄妹のような存在でした。
アイの最期を看取ることができなかった。
そして、大切に預かってくださっていた犬山さんにも、多大なご迷惑をお掛けしてしまいました。
アイの亡骸を抱えて家へ帰る車の中。
僕は声を上げて泣きました。
1月に母親が自殺未遂をした時も。
父親が心臓発作で命を落としかけた時も。
1回目の会社を解雇された時も。
僕は泣きませんでした。
……いや、泣けなかったのかもしれません。
でも、この時だけは違いました。
喉が枯れるほど。
顔中が涙で痛くなるほど。
僕は泣き続けました。
最愛の妹を失ったあの日。
僕は、自分の身体の半分をむしり取られたような感覚に陥ったのです。
ー続くー
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- 2026年08月03日 05:01
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第55話 59歳で【若年性認知症】
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第54話 唯一の方法』前回のお話↓『第53話 医者も国も助けてくれない』前回のお話↓『52話 もがく毎日の始まり』第前回のお話↓『第51話 何も覚えていない』前回のお話↓『第50話…ameblo.jp
2月23日。
ようやく費用の準備と転院の手続きが整い、母は海王病院を退院することになった。
当日は金山先生も付き添ってくださった。
母は相変わらず状況を理解できておらず、どこか他人事のようだった。
そんな母に対し、金山先生は優しく語りかけた。
「千夏さん、もう少し検査が必要だから病院が変わるだけよ。」
その言葉を母は素直に受け入れた。
そして母は24時間対応の保険外デイサービスへ入所し、翌日、紹介していただいた【真白病院】で診察を受けた。
診察後、僕と金山先生は院長室へ呼ばれた。
真白院長は検査結果を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「え〜っとねぇ……検査結果なんだけどねぇ。CTや問診の結果を総合するとねぇ……千夏さんは【若年性認知症】と【精神疾患】の状態だねぇ。糖尿病の合併症が影響している可能性もあるかなぁ。」
僕は思わず聞き返した。
「認知症……ですか? それって、治るんですか?」
真白院長は静かに首を横へ振った。
「う〜ん……残念だけどねぇ、治らないんだよねぇ。ほら、このCTを見てもらうと分かるけどねぇ、脳に損傷している部分が確認できるんだよねぇ。」
先生は画像を指差しながら続けた。
「千夏さん、59歳なんだけどねぇ……今の受け答えを見る限り、精神年齢で言えば10歳くらいの子どもと同じような状態なんだよねぇ。」
その言葉を聞いた時、僕は妙に納得してしまった。
母との会話に、どこか幼さというか、ちぐはぐな違和感を感じていたからだ。
真白院長はさらに話を続けた。
「とりあえず介護認定は早めに申請した方がいいねぇ。それと家庭の事情も少し聞いたけどねぇ……今の状態で家へ連れて帰るのは危ないよ。本人は自分の状況を理解できていないからねぇ。リハビリもしながら生活できる環境が必要だねぇ。」
僕は一瞬、この現実に絶望した。
それでも病名が分かり、この先何をすればいいのかが見えたことで、少しだけ安心した自分もいた。
介護認定を受け、入所先さえ決まれば仕事へ復帰できる。
その考えが真っ先に頭に浮かんだ。
しかし――。
現実は、そんなに甘くなかった。
診察を終え、待合室へ戻ると金山先生が神妙な表情で言った。
「検査結果が分かって良かったけど、一つ大きな問題があるわ。」
「どういうことですか?」
「インスリンよ。千夏さん、糖尿病で一日に4回注射しているでしょう?」
母は糖尿病のため、一日に4回インスリンを打つ必要があった。
「それが、どう問題なんですか?」
「あなたも仕事で訪問介護をしていたから分かると思うけど、介護士は看護師じゃないの。注射は基本的に対応できないのよ。何かあった時に責任が取れないし、一日4回のインスリンが必要となると受け入れられる施設は本当に限られるの。」
もちろん、母が自分で管理することもできない。
その条件が大きな壁となり、受け入れてくれる施設は、ほとんど見つからないという。
後から病院へ来られたケアマネジャーの善さんへ結果を報告しても、返ってきた答えは同じだった。
「ちょっと考えてみます。」
そう言って善さんは病院を後にした。
翌日から僕は、ほぼ毎日のようにB県のケアマネジャーのもとへ通い、母を受け入れてくれる施設を探し続けた。
さらに、インスリンを自己注射から飲み薬へ変更できないか、母の通院にも付き添った。
しかし、新たな問題は次々と見つかった。
便秘症の治療も必要だった。
さらに、海王病院が退院時に作成した紹介状の内容と、実際に処方されていた薬が一致していないことまで判明した。
治療は、一からやり直し。
何かあるたびに施設から連絡が入り、僕は呼び出される日々が続いた。
母自身も、少しずつ異変に気付き始めていた。
「ここは何なの?」
「私はいつまでここにいるの?」
そんな言葉が日に日に増えていった。
しかも、この施設は保険外。
もし母が暴れたり、他の利用者さんへ迷惑を掛けたりすれば、退所しなければならない。
そして、この施設にいられる期限も4月初旬までと決まっていた。
残された時間は、一か月半ほどしかなかった。
時間だけが、容赦なく過ぎていった
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年08月02日 05:01
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第54話 唯一の方法
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第53話 医者も国も助けてくれない』前回のお話↓『52話 もがく毎日の始まり』第前回のお話↓『第51話 何も覚えていない』前回のお話↓『第50話 アイとエオ』前回のお話↓『第49話 家族崩壊の始…ameblo.jp
2月17日。
翌日に母の退院期限が迫る中、何一つ決まらず、僕は途方に暮れていた。
そんな時、金山先生から一本の電話が入った。
僕は今の状況をすべて説明した。
すると先生は、少し間を置いてこう言った。
金山先生「私も、千夏さんはやっぱりおかしいと思うのよ。病院へお見舞いに行った時、たまたま意識が戻っていて話しかけたんだけど、私のことが分からなかったのよ。」
僕「僕もそう思います。でも海王病院では『異常なし』という診断でした。だから、どこの病院も診察すらしてくれないんです。」
金山先生「諦めたらダメよ。私の知り合いにケアマネジャーをしている人がいるの。その人に相談してみない?」
僕「そんなこと可能なんですか? みんな断るのに……。」
金山先生「県が変われば担当区域も変わるから大丈夫だと思うわ。とりあえず病院に入院延長をお願いして。明日、そのケアマネさんに会いましょう。」
僕は電話を切ると、その足で病院へ向かった。
母の受け入れ先を探していることを説明し、入院の延長をお願いした。
最初は断られたものの、父が癌の治療で通院している事情も考慮していただき、一般病棟で一週間だけ経過観察という形で入院を延長してもらえることになった。
翌日。
金山先生に紹介していただいた介護関係者へ事情を説明し、そのままケアマネジャーの善(ぜん)さんと会った。
善さんにこれまでの経緯を話すと、B県N市にある24時間対応の保険外デイサービスへ、母を緊急で受け入れてもらえるよう手配してくださった。
僕は何度もお礼を伝え、入所費用の準備と転院の支度をするため家へ戻った。
帰宅後、父と伯母へ事情を説明した。
伯母「金山先生、ほんま神様みたいなお方やなぁ。」
父「それで、いくらくらいかかりそうなんや?」
僕「転院費用と諸経費。それに保険外やから、食事付きで一日5,000円くらいらしい。今は、もうそこしか受け入れてくれる所がないねん。」
父は眉をひそめ、小さく息をついて口を開いた。
父「創人、明日ワシを駅前の銀行まで連れて行ってくれ。定期預金を解約する。」
伯母「えっ!? あんさん、そのお金は老後のために貯めてたお金やろ?」
父「老後って……今がその時や。アイツの財産を勝手に処分するには時間がかかる。しゃあない。」
この時の僕には、その言葉の意味が分からなかった。
『夫婦なのに、お金は自由に使えないのか?』
その理由を知るのは、もう少し後のことになる。
僕「分かった。明日の朝一番で行こう。」
暗闇の中で、ようやく小さな光が見えた気がした。
-続く-
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- 2026年08月01日 05:01
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第53話 医者も国も助けてくれない
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
2011年2月15日。
その日の一本の電話は、母が入院していた海王病院からだった。
担当医の江川先生が、静かな口調で告げた。
「治療する部分がありませんので、ご自宅へ連れて帰って下さい。」
一瞬、意味が理解できなかった。
母はまだ以前のような生活が送れる状態ではない。
自殺未遂を起こし、記憶は曖昧で、家族のことすら分からなくなる時がある。
そんな母を、どうやって家に連れて帰れというのか。
僕は怒りを抑えながら聞き返した。
「もう一度検査してもらえませんか?」
「本当に家へ帰して大丈夫なんですか? また何かあったらどうするんですか?」
しかし、返ってくる答えは同じだった。
「異常はありません。」
その言葉を聞くたびに、胸の奥が締め付けられた。
僕には、どう見ても母は普通ではなかった。
僕が何度も食い下がると、江川先生は言った。
「埒があきませんので、今から病院へ来られますか? 直接ご説明します。」
僕はすぐにバイクへ飛び乗り、病院へ向かった。
指定された会議室のドアを開ける。
そこには長机が置かれ、五人ほどが横一列に座っていた。
真ん中には江川先生。
そして、その真正面には、ぽつんとパイプ椅子が一脚だけ置かれていた。
まるで裁判だった。
「お座り下さい。」
江川先生が静かに話し始めた。
「終 千夏さんの病状は回復しております。受け答えもできますし、食事・トイレ・シャワーも介助なしで可能です。日常生活に問題はありません。」
僕は思わず声を荒げた。
「30年近く連れ添った旦那の顔も分からない。それで『問題ありません』なんて、おかしくないですか!?」
江川先生は落ち着いた様子で答えた。
「一時的に記憶が飛び、その後戻る場合もあります。まずはご自宅へ戻られ、様子を見てください。もし具合が悪いようでしたら、その時にもう一度検査をしま…」
僕はその言葉を遮った。
「何かあってからじゃ遅いんですよ! どうしてそれが分からないんですか!?
しかも家には、ステージ4の肺がんで退院したばかりの父親が療養中なんです!
そんな不安定な母親を家へ連れて帰れないことくらい、状況を見たら分かるでしょう!?」
すると、一人の女性が口を開いた。
「医療社会福祉部の役辰です。」
思わず聞き返してしまった。
「え? 役立たず?」
「やくたつです!」
一瞬だけ空気が止まった。
そして役辰さんは続けた。
「病院や担当医をご紹介するのが私どもの役目です。
終 千夏さんは健康とは言いませんが、現在は治療する部分がありませんので、退院していただきます。」
僕はさらに食い下がった。
「だから、頭がおかしくなってるって言ってるじゃないですか! 話、聞いてます!?」
役辰さんは表情を変えずに答えた。
「担当医の診断では、自宅療養による経過観察となっております。
そのため、他科への紹介もありません。」
「いやいや、おかしいでしょう! もう一度ちゃんと検査してください!」
すると、今度は病院顧問の弁護士・脇さんが口を開いた。
「これ以上、当院でできることはありません。
診断書も作成しております。
ご自宅で療養されるのであれば、介護保険などのお手続きを進めていただくことになります。」
僕は思わず叫んだ。
「だったら、何でその介護保険が使える診断をしてくれないんですか!」
脇さんは静かに答えた。
「先ほどから申し上げていますが、担当医が診断した結果、『現時点では異常なし』という判断だからです。」
当時、介護保険制度の施行後、病状が安定した患者が長期入院する「社会的入院」が制限され、在宅へ移行させる流れが進められていた時代だった。
その流れの中で、母親も退院を求められた。
結局、母は三日後に病院を出ることになった。
藁にもすがる思いで、その足で市役所にも相談へ向かった。
しかし返ってきた答えは、
「海王医科大学病院さんが判断されているのであれば、こちらから別の病院をご紹介することは難しいです。」
というものだった。
どこへ行っても同じだった。
僕「どうしてあの病院の診断が全て正しいと言えるのだろう??一回くらい診察してから言えや‼︎。」
当時の僕には、どこへ相談しても病院の判断を覆すことはできないように感じた。
『母親の異常の原因が知りたい。』
ただ、それだけだった。
でも、頼れる場所はどこにも見つからない。
自分では当たり前のことをしているだけのつもりだった。
それなのに、気が付けば僕自身が、孤独の中へ追い込まれていた。
-続く-
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- 2026年07月31日 05:02
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52話 もがく毎日の始まり
( シルベットさんのプロフィール)
第前回のお話↓『第51話 何も覚えていない』前回のお話↓『第50話 アイとエオ』前回のお話↓『第49話 家族崩壊の始まり前夜』前回のお話↓『第48話 自殺未遂の検証』前回のお話↓『第47話 父と伯母と伯…ameblo.jp
2月6日。
父が退院し、自宅療養が始まった。
父の姉と弟が、他県から交代で見守りに来てくれることになった。
しかし、伯母は左足の付け根に麻痺があり、伯父も腰痛を抱えていた。
二人だけで父の生活を支えることは難しかった。
買い物や掃除など、日常生活に必要なことは、仕事を終えた僕が毎日できる限り対応していた。
だが、それだけでは終わらない。
築50年以上になる実家では、次から次へと問題が起きていた。
キッチンの水漏れ。
大量発生したゴキブリの駆除。
母の病状確認とオムツ代等の支払い。
父の介護申請の手続き。
仕事へ行き、家に帰り、問題を片付ける。
休んでは動き、また仕事へ行く。
気が付けば、自分の時間など、どこにもなかった。
それでも、この時の僕は思っていた。
「自分がやるしかない。」
その一心で、毎日を走り続けていた。
こうして、出口の見えない、もがく毎日が始まった。
-続く-次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年07月30日 05:03
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第51話 何も覚えていない
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第50話 アイとエオ』前回のお話↓『第49話 家族崩壊の始まり前夜』前回のお話↓『第48話 自殺未遂の検証』前回のお話↓『第47話 父と伯母と伯父』前回のお話↓『第46話 「….助…ameblo.jp
伯母と伯父を車で迎えに行き、そのまま父が入院している病院へ向かった。
車内では、これまでに起きた出来事と現在の状況を二人に説明した。
病室では、父を交えて終家の今後について話し合った。
これからどうやって父を支えていくのか。
母のことをどうしていくのか。
誰も答えは持っていなかった。
話し合いを終えた後、僕は伯母と伯父をS県まで送り届け、その日の予定を終えた。
母が自殺未遂を起こしてから約1週間。
母の意識は、まだ戻らなかった。
それでも、僕の日常は止まることなく進んでいった。
2月3日。
僕は会社へ復帰した。
正直、仕事どころではなかった。
それでも働かなければ、生活は成り立たない。
2月5日。
父の容体が安定したため、2月6日から自宅療養へ切り替わることになった。
そして病院から一本の電話が入った。
「お母様の意識が戻り始めています。」
その知らせを聞いても、僕は素直に喜ぶことができなかった。
むしろ心の中では、
「頼むから……このまま眠っていてくれ。」
そんなことを思ってしまっていた。
病院へ向かい、母の病室へ入る。
そこには車椅子に座った父と、その向かいで話をしている母の姿があった。
僕の姿を見るなり、母はこう言った。
「……あれ、創人。こんな所で何してるの?」
少しホッとしたのも束の間、続く言葉に僕は凍り付いた。
「さっきからこの人と話してるんだけど……誰?」
「はっ!? 何言ってるんだよ。あんたの旦那やん。親父の道人やで。冗談やろ?」
すると母は何事もないように、
「そうなんだ。旦那さんなんだ。」
とだけ答えた。
そして、
「おしっこしたいんだけど、トイレどこ?」
まるで何もなかったかのように立ち上がろうとした。
その姿からは、今までの母とは違う、何とも言えない異様な空気を感じた。
父は静かに母へ声を掛けた。
「千夏。わしは明日退院するから、先に家へ戻っとるぞ。」
「家? ……ふーん。じゃあ、トイレ行ってくる。」
母は興味がないように病室を出て行った。
父はその後ろ姿を見つめながら、小さな声で言った。
「千夏は……何も覚えてへん。」
僕は急いで担当医の江川先生に話を聞きに行った。
先生の説明では、母は意識こそ戻ったものの、僕や父、それに入れ違いになったが、見舞いへ来てくれた20年来の同僚の金山先生のことも認識できていなかった。
さらに、自分が自殺未遂をしたこと。
犬を飼っていること。
父が肺がんであること。
そのすべての記憶が抜け落ちていた。
説明を終えた江川先生は、淡々とこう言った。
「経過観察をして、特に異常がなければ退院ですね。」
僕は耳を疑った。
「えっ!? 何を言ってるんですか! 明らかに様子がおかしいじゃないですか!」
すると先生は落ち着いた口調で答えた。
「そう言われましても、意識が戻ってからの簡易検査では異常は認められていません。そこまでご心配でしたら、検査入院という形でもう一度詳しく調べることはできます。」
「お願いします!」
僕は即答した。
その時は、
「なんて無責任な医者なんだ。」
そう思った。
しかし今振り返れば、救命救急の役目は命を救うこと。
その後の生活や介護については、担当する部署が違うということだったのだろう。
この時の僕は、まだ知らなかった。
これから始まる、介護制度という現実と、その大きな壁に飲み込まれていくことを。
-続く-
次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年07月29日 05:01
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第50話 アイとエオ
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第49話 家族崩壊の始まり前夜』前回のお話↓『第48話 自殺未遂の検証』前回のお話↓『第47話 父と伯母と伯父』前回のお話↓『第46話 「….助けてくれ。」』前回のお話↓『第45話 神様、酷…ameblo.jp
翌日。
すべてが慌ただしく動き始めた。
まずはアイを田中さんの家へ送り届けた。
父から預かった封筒を渡し、アイをお願いして帰ろうとした、その時だった。
アイが突然、僕に飛びついてきた。
僕の腕にしがみつき、離れようとしない。
こんなことは初めてだった。
僕はアイを優しく抱きしめ、
「ごめんな。絶対に迎えに来るから。」
そう言って、アイと別れた。
次はエオだった。
連絡を受け、隣のB県N市の指定された場所へ車を走らせた。
到着すると、一人の女性が手を振って待っていた。
どこか見覚えのある顔だった。
「創人ちゃん、私のこと分かる?」
そう声を掛けてきたのは金山先生だった。
「昔、お母さんと仕事の演奏会でよく一緒になってね。打ち上げで一緒にご飯も食べたのよ。」
「……ああ、はい。」
突然の再会に、うまく言葉が出なかった。
「ごめんね。病院に行かなきゃいけないから。エオちゃんはどこかな?」
車の中のエオは、怯えて小さく震えていた。
それでも、僕にはどうすることもできなかった。
「エオ。ええ子にするんやで。またな。」
そう声を掛けるのが精一杯だった。
僕は金山先生に深く頭を下げ、その場を後にした。
そして、伯父と伯母が待つ地元の駅へ向けて車を走らせた。
悲しいとか、つらいとか。
どうしてこんなことになったのかという疑問も。
この時の僕には、そんなことを考える余裕はなかった。
ただ、目の前のことをこなすのに必死だった。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年07月28日 05:05
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第49話 家族崩壊の始まり前夜
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
警察による実況見分が終わり、僕は磯野さんたちにお礼を伝えた。
その足で、中島さんの家へ犬たちを迎えに行く。
玄関を開けた瞬間、アイとエオは勢いよく僕に飛びつき、大きな声で吠えながら歓迎してくれた。
僕は中島さんにも事情を説明し、お礼を伝えて家へ戻った。
帰宅すると、2匹にご飯をあげ、いつもはあげない特別なおやつも用意した。
そして、2匹の前に座り込み、静かに話しかけた。
「アイ、エオ。お前らに話がある。
オカンが自殺未遂して、今は意識不明の重体や。死ぬかもしれん。
それに親父も体調が悪くて、退院してもしばらく家で療養せなあかん。
だから、お前らの散歩も、ご飯も、一緒に遊ぶことも、しばらくはできへんようになる。
悪いけど、まずアイ。
お前は一時的に実家へ預かってもらう。
それからエオ。
詳しいことはまだ俺も分からんけど、お前は『金山先生』っていうオカンの同僚の人のところで預かってもらうことになりそうや。
だから……だから、しばらく一緒には暮らせへん。
でも、必ず迎えに行く。
それまで辛抱してな。」
言葉にすると、今まで必死に押さえていた感情が一気に込み上げてきた。
それでも、2匹の預け先が見つかりそうだという安心感もあり、少しだけ肩の荷が下りた気がした。
「今日はみんなで寝るで!」
その夜、僕たちは狭いシングルベッドにぎゅうぎゅうになって眠った。
いつもならアイは窮屈だと文句を言うように勝手にベッドから飛び降りる。
それなのに、この日はなぜか僕の体にぴったり寄り添ったまま眠っていた。
エオも同じように、僕のお腹の上で気持ち良さそうに寝息を立てていた。
僕の実家には、もともと3匹の犬がいた。
最初に迎えたのが「ウータン」という犬だった。
16年という長い犬生を全うし、2年前に天国へ旅立った。
アイは、そのウータンの子どもである。
今回アイを預かってくれることになったのは、アイの母犬を飼っていた犬山さんだった。
一方、エオを預かると申し出てくれた金山先生は、家に帰るとメールをくださっていた。
連絡をすると、どこで話を聞いたのか母の容体を心配して電話をくださった。
事情を説明すると、
「エオのことも心配だから預かるよ。」
と言ってくださった。
実は昔、ウータンが通っていたしつけ教室の訓練士が金山先生の息子さんで、エオのことも知っていてくれたらしい。
こうして2匹の預け先は決まった。
翌日は、それぞれの預け先へ犬たちを送り届け、その後、地元の駅まで伯母と伯父を迎えに行き、父の入院する病院へ向かう。
息つく暇もない一日が待っていた。
まさか――。
この夜が、僕とアイ、そしてエオが一緒に過ごす最後の夜になるとは、この時の僕は、まだ知る由もなかった。
-続く-
後書き
この犬にまつわる話はあまりにも辛い過去なのでブログにするか迷いましたが、ぜひ知っていただきたいエピソードなので書く事にしました。
次回のお話↓
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- 2026年07月27日 05:02
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第48話 自殺未遂の検証
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第47話 父と伯母と伯父』前回のお話↓『第46話 「….助けてくれ。」』前回のお話↓『第45話 神様、酷いです。』前回のお話↓『第44話 治療拒否は出来ない』前回のお話↓『第43話 通…ameblo.jp
伯母との電話を終えると、父が不安そうな表情で僕を見た。
「……何て言うてた?」
僕は少しだけ笑って答えた。
「道一伯父ちゃんと二人で、明日来てくれるって。」
「正直、絶対来てくれへんと思ってた。」
父は静かに頷いた。
「そこが姉らしいところや。」
「お前は一人っ子やから分からんかもしれんけど、いざという時に助け合うんが家族や。」
僕は思わず聞き返した。
「じゃあ、千春叔母ちゃんは?」
「何の連絡もないやん。」
父は少しだけ苦笑した。
「あの二人は色々あったからな……。」
「よっぽど関係が悪いんやろ。」
少し間を置いて、父は真剣な表情になった。
「それより、この後のことや。」
そこから父と僕は、これから何をしなければならないのかを一つずつ確認していった。
病院のこと。
家のこと。
警察への対応。
親戚への連絡。
僕も自分なりの意見を伝えた。
今思えば、父と”大人同士”として家族の話をしたのは、あれが初めてだったのかもしれない。
その後、僕は担当医へ挨拶を済ませ、一度家へ戻ることにした。
家へ着くと、磯野さんたちと警察官が待っていた。
正直、まったく嬉しくなかった。
すぐに現場検証が始まった。
警察から説明を受ける。
「今回の原因は、インスリンの大量投与に加え、睡眠薬と自律神経失調症の薬を大量に服用したことによるオーバードーズと考えられます。」
「さらに、小型犬用の首輪を使って首を圧迫した形跡がありました。」
「ただ、お母様の体重を小型犬用の首輪だけで支えることはできず、それが直接の死因には至りませんでした。」
淡々と事実だけが読み上げられていく。
最後に、一人の警察官が少し言いづらそうに口を開いた。
「これは、あくまで私個人の印象なんですが……。」
「本人さんは、本気で死ぬというより、誰かに気付いてほしかった。誰かに構ってほしかった……そんなふうにも感じました。」
僕は何も答えなかった。
でも、その言葉は妙に胸に刺さった。
僕も、どこかで同じことを思っていたからだ。
情けなさと虚しさが一気に込み上げる。
そして、強い吐き気に襲われた。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年07月26日 05:03
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第47話 父と伯母と伯父
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第46話 「….助けてくれ。」』前回のお話↓『第45話 神様、酷いです。』前回のお話↓『第44話 治療拒否は出来ない』前回のお話↓『第43話 通報の義務』前回のお話↓『第42話 野次馬だらけ…ameblo.jp
僕は父に言われるまま、伯母へ電話を掛けた。数回コールが鳴り、受話器の向こうから聞き慣れた声がした。「もしもし。終でございます。」「あっ、みっちゃん?」伯母の愛称で呼ぶと、すぐに返事が返ってきた。「はいはい、こんばんは。」「ハジメちゃん、あんた大丈夫か?」「おかはん、死んだんか?」僕は首を振った。「いや。今、生きるか死ぬかの状態や。」「それで親父が……。」僕は救急車を呼んだこと、母が海王病院へ運ばれたこと、父も入院中で身動きが取れないことを一気に説明した。伯母は黙って聞いていた。そして、小さく息を吐いた。「ほぉ……なるほど。」「それはえらいこっちゃなぁ。」少し間を置いて、伯母が尋ねた。「それで、道人は何て言うとるどす?」僕は正直に答えた。「『助けてくれ』って言うてる。」すると伯母は、今度は僕に聞いてきた。「あんさんは?」「ハジメちゃん。」僕は苦笑した。「そら、俺だって助けてほしいよ。」「でも、みっちゃん、オカンとは関わりたくないって聞いてるし、おっちゃんだって嫌やろ?」伯母は即答した。「そうどすな。」「確かに、あんたのオカはんとは関わりたくない。」「色々ありましたから。」一瞬、胸が沈んだ。しかし伯母は続けた。「でも、それと道人と創人が困ってるのは別問題どす。」「分かりました。」「明日からそっちへ行きますよって。」「えっ……?」思わず声が漏れた。「来てくれるん?」「みっちゃん、足悪いのに?」伯母は笑った。「そら、杖ついて歩くのもしんどいさかい、全部は無理どす。」「でも、何かしらはできます。」「明日、道一と二人で行きますよって。」「駅まで車で迎えに来てくれるか?」予想外の返事だった。僕はしばらく言葉が出なかった。
― 続く ―
次回のお話↓
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- 2026年07月25日 05:03
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特別編② 終家の伯母、伯父、母
( シルベットさんのプロフィール)
特別編①はこちら↓『特別編① 終家という一族 父親について』「終(おわり)家。」この終家は、代々商売を営んできた一族だったと伯母から聞いた。曾祖父の代、実家の近くには大きく美しい湖があり、そこで捕れた魚やエビを干物や蒲…ameblo.jp
伯母――終 道子(おわり みちこ)
終家の長女として生まれた。
昭和初期の女性としては珍しく、大手建設会社へ就職。
定年まで勤め上げた、いわゆるキャリアウーマンだった。
結婚はしなかった。
その理由を僕は聞いたことがない。
ただ、祖母・キヨの介護が始まると、その生活は一変する。
十年以上もの間、一人で祖母を介護し、最期まで看取った。
今思えば、僕が母を十三年間介護した日々と重なる部分がある。
だからなのか。
伯母は、僕の気持ちを理解してくれていたように思う。
⸻
伯父――終 道一(おわり みちかず)
父の弟。
大手電機メーカーへ就職したものの、その後はさまざまな仕事を転々とし、五十五歳で早期退職した。
現在も独身で、伯母と同じ家に住んでいる。
正式な診断を受けたわけではない。
だが、家族として接してきた中で、「普通とは何か違う」と感じる出来事は昔から少なくなかった。
今振り返ると、発達障害だったのではないかと思うこともある。
もちろん、それだけで人を判断するつもりはない。
ただ、この先、終家で起こる出来事において、伯父の存在は避けて通れない。
だから、この時点で少しだけ触れておこうと思う。
⸻
母――終 千夏(おわり ちなつ)
旧姓・源(みなもと)。
父とは「お見舞い結婚」だったと聞いている。
幼い頃から、実父(創人の祖父)の強い教育方針のもと、姉とともに厳しい音楽教育を受けて育った。
大学は音楽大学へ進学。
卒業後は非常勤講師として働きながら、自宅では童歌やピアノ、打楽器などを教えていた。
結婚当初は、父より母の収入の方が多かったという。
しかし、昔からの末っ子気質に加え、父が不動産会社で成功してからは、少しずつ金銭感覚が変わっていった。
その積み重ねが、後に終家が崩れていく原因の一つになっていく。
もちろん、それだけが理由ではない。
この話をここで語り始めると、本編より長くなってしまう。
だから、その続きは本編の中で書いていこうと思う。
次回の本編のお話↓
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- 2026年07月24日 05:01
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特別編① 終家という一族 父親について
( シルベットさんのプロフィール)
「終(おわり)家。」
この終家は、代々商売を営んできた一族だったと伯母から聞いた。
曾祖父の代、実家の近くには大きく美しい湖があり、そこで捕れた魚やエビを干物や蒲焼、佃煮などに加工し、自分たちの店で販売していたという。
店は繁盛し、終家は当時ではかなり裕福な暮らしを送っていたそうだ。
しかし、その繁栄は長くは続かなかった。
父の父――終 直道(おわり なおみち)。
祖父は遊郭へ通うようになり、わずか三日間で財産の大半を失ったという。
さらに追い打ちをかけるように戦争が始まる。
空襲によって店は焼失。
終家は財産だけでなく、商売そのものも失ってしまった。
何もかもを失った終家。
そんな父親の姿を見て育った三人の子どもたちは、幼い頃から同じ思いを抱くようになった。
「自分たちは安定した仕事に就かなければならない。」
長女・道子。
長男・道人。
次男・道一。
三人は、それぞれ違う人生を歩み始めた。
⸻
父・終 道人(おわり みちひと)
父の若い頃の話は、父本人からではなく伯母の道子から聞いた。
「道人は昔から頭が良かった。」
それが伯母の口癖だった。
高校では野球部に所属し、三年生ではキャプテンを務めていたという。
しかし、高校三年生の時に肺の病気を患い、一年間の留年生活を送ることになった。
それでも父は諦めなかった。
一年遅れで高校を卒業し、名門R大学へ進学する。
目指したのは弁護士だった。
大学では法律を学びながら、行政書士や宅地建物取引主任者、マンション管理など、さまざまな資格を取得していった。
しかし、一番欲しかった司法試験だけは最後まで合格できなかった。
卒業後は法律事務所へ就職したものの、弁護士になる夢を諦めきれず退職。
夜はハム工場でアルバイトをし、昼は司法試験の勉強を続けたという。
だが、その生活は長く続かなかった。
無理がたたり、身体を壊してしまう。
父はついに弁護士への夢を諦めた。
その後、取得していた資格を活かして不動産会社へ就職。
営業として実績を積み重ね、後にヘッドハンティングされるまでになった。
伯母は父のことを話すたび、決まってこう言っていた。
「道人は昔から真面目さだけは誰にも負けへん子やった。」
僕は父の若い頃を知らない。
だから、この話を聞いた時は少し驚いた。
父にも、夢を追い掛け、挫折し、それでも前を向いて歩いてきた時代があった。
そして後になって思う。
父が歩んだ人生は、不思議なほど僕の人生と重なっていた
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年07月23日 05:02
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第46話 「….助けてくれ。」
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
父は僕の顔を見るなり、申し訳なさそうに口を開いた。
「創人……。」
「あいつは……千夏は死んだんか?」
僕は静かに首を振った。
「いや。」
「今、生死の境をさまよってる。」
「担当医に五分五分とは言われてへん。でも、あの様子を見てたら五分五分やと思う。」
父は小さく息を吐いた。
「そうか……。」
「どうせインスリンと薬を大量に飲んだんやろ。」
「いつものことや。」
「あれだけ『そんなことしても死なれへん』って言い続けてきたのにな……。」
僕は思わず吐き捨てるように言った。
「俺が知ってるだけでも五回はやってるやろ。」
「もう、このまま死んでくれた方がええわ。」
父は僕を責めることなく、小さく頷いた。
「……まぁ、そう言うな。」
しばらく沈黙が流れた。
やがて父は、ゆっくりと話題を変えた。
「アイとエオは?」
僕は家の様子を説明した。
近所中に救急車とパトカーが来たこと。
磯野さんとフグ田さんが犬たちと家を見てくれていること。
家へ帰れば警察の事情聴取が待っていること。
父は何も言わず、黙って聞いていた。
そして、大きくため息をついた。
「創人。」
「S県へ電話してくれへんか。」
僕は驚いた。
「道子伯母ちゃん?」
「でも親父、『もう千夏さんには関わりません』って言われたやん。」
父は静かに首を振った。
「状況が違う。」
「ワシが動けるなら頼まへん。」
「お前が来る前に少しだけ電話しといた。」
「今の状況を伝えてくれ。」
僕は苦笑した。
「……まぁ、無駄やと思うけど。」
「何て言うたらええねん⁇」
父は目を閉じ、小さな声で言った。
「助けてくれ……。」
その一言に、父のすべてが詰まっている気がした。
僕は携帯電話を取り出した。
-続く-
次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年07月22日 06:09
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伯母が亡くなりました。
( シルベットさんのプロフィール)
この物語にも登場する伯母、終 道子(仮名)が、2026年7月20日に永眠しました。
享年89歳(満87歳)でした。
伯母と最後に会ったのは、ちょうど一年前。
寝たきりになった伯母のもとへ、銀行関係の手続きを手伝うために訪れた日が最後になりました。
この先の物語では、伯母との間にさまざまな出来事が描かれます。
楽しかったことだけではありません。
ぶつかったことも、理解し合えなかったこともありました。
それでも今振り返ると、伯母は間違いなく、今の僕を支えてくれた大切な存在でした。
その存在は、今もなお僕が生きる糧になっています。
感謝を込めて、最後のお別れをしてきます。
終 創人ブログで全文を読む
- 2026年07月21日 05:01
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第45話 神様、酷いです。
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
救命病棟を出た僕は、しばらくその場から動くことができなかった。
何も考えられない。
頭の中は真っ白だった。
そんな中、最初に頭へ浮かんだのは仕事のことだった。
「会社に連絡しないと……。」
僕は携帯を取り出し、現場リーダーへ電話を掛けた。
母が自殺を図ったこと。
今、県立海王病院の救命病棟にいること。
しばらく仕事へ行けそうにないこと。
できるだけ冷静に説明した。
するとリーダーは言った。
「今ちょうど現場から直帰するところや。」
「病院へ行くわ。」
僕は慌てて断った。
「大丈夫です。」
「こんな時間に申し訳ないですし……。」
それでもリーダーは来てくれた。
救命病棟のガラス越しに治療を受ける母を静かに見つめる。
そして僕の方へ向き、穏やかな口調で言った。
「今は家のことをしっかりしたらええ。」
「社長には俺から話しとく。」
「しばらく休職扱いにしてもらうよう頼んどくから。」
少し間を置いて、最後にこう言った。
「その代わり……。」
「君は絶対に死んだらあかん。」
そう言い残し、リーダーは帰っていった。
僕は、その言葉に少しだけ救われた気がした。
でも、その安心は長く続かなかった。
すぐに胸の奥から、何とも言えない不快感と重苦しさが込み上げてきた。
僕は磯野さんへ電話を掛けた。
母の状況を説明すると、
「警察はまだ現場検証をしてるわ。」
「あと二時間くらいは掛かるみたい。」
そう教えてくれた。
さらに、
「私とフグ田さんで交代しながら家を見ておくから。」
「創人君は病院にいてあげなさい。」
そう言ってくれた。
申し訳ない。
その気持ちでいっぱいだった。
電話を切ると、僕はゆっくり立ち上がった。
気付けば父の病室へ向かって歩いていた。
病室のドアを開ける。
ベッドには父が静かに横たわっていた。
父は僕の顔を見ると、小さな声で言った。
「創人……。お前、大丈夫か?」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れた。
怒り。
悲しみ。
悔しさ。
いろんな感情が一気に込み上げてきた。
「何で俺ばっかり、こんな目に遭わなあかんねん……。」
そんな思いが頭の中を駆け巡る。
この理不尽な人生そのものにも、母親にもそして神様にも怒っていた。
-続く-
次回のお話↓
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