シルベットさんの最新Blog
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- 2026年07月26日 05:03
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第47話 父と伯母と伯父
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第46話 「….助けてくれ。」』前回のお話↓『第45話 神様、酷いです。』前回のお話↓『第44話 治療拒否は出来ない』前回のお話↓『第43話 通報の義務』前回のお話↓『第42話 野次馬だらけ…ameblo.jp
僕は父に言われるまま、伯母へ電話を掛けた。数回コールが鳴り、受話器の向こうから聞き慣れた声がした。「もしもし。終でございます。」「あっ、みっちゃん?」伯母の愛称で呼ぶと、すぐに返事が返ってきた。「はいはい、こんばんは。」「ハジメちゃん、あんた大丈夫か?」「おかはん、死んだんか?」僕は首を振った。「いや。今、生きるか死ぬかの状態や。」「それで親父が……。」僕は救急車を呼んだこと、母が海王病院へ運ばれたこと、父も入院中で身動きが取れないことを一気に説明した。伯母は黙って聞いていた。そして、小さく息を吐いた。「ほぉ……なるほど。」「それはえらいこっちゃなぁ。」少し間を置いて、伯母が尋ねた。「それで、道人は何て言うとるどす?」僕は正直に答えた。「『助けてくれ』って言うてる。」すると伯母は、今度は僕に聞いてきた。「あんさんは?」「ハジメちゃん。」僕は苦笑した。「そら、俺だって助けてほしいよ。」「でも、みっちゃん、オカンとは関わりたくないって聞いてるし、おっちゃんだって嫌やろ?」伯母は即答した。「そうどすな。」「確かに、あんたのオカはんとは関わりたくない。」「色々ありましたから。」一瞬、胸が沈んだ。しかし伯母は続けた。「でも、それと道人と創人が困ってるのは別問題どす。」「分かりました。」「明日からそっちへ行きますよって。」「えっ……?」思わず声が漏れた。「来てくれるん?」「みっちゃん、足悪いのに?」伯母は笑った。「そら、杖ついて歩くのもしんどいさかい、全部は無理どす。」「でも、何かしらはできます。」「明日、道一と二人で行きますよって。」「駅まで車で迎えに来てくれるか?」予想外の返事だった。僕はしばらく言葉が出なかった。
― 続く ―
次回のお話↓
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- 2026年07月25日 05:03
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特別編② 終家の伯母、伯父、母
( シルベットさんのプロフィール)
特別編①はこちら↓『特別編① 終家という一族 父親について』「終(おわり)家。」この終家は、代々商売を営んできた一族だったと伯母から聞いた。曾祖父の代、実家の近くには大きく美しい湖があり、そこで捕れた魚やエビを干物や蒲…ameblo.jp
伯母――終 道子(おわり みちこ)
終家の長女として生まれた。
昭和初期の女性としては珍しく、大手建設会社へ就職。
定年まで勤め上げた、いわゆるキャリアウーマンだった。
結婚はしなかった。
その理由を僕は聞いたことがない。
ただ、祖母・キヨの介護が始まると、その生活は一変する。
十年以上もの間、一人で祖母を介護し、最期まで看取った。
今思えば、僕が母を十三年間介護した日々と重なる部分がある。
だからなのか。
伯母は、僕の気持ちを理解してくれていたように思う。
⸻
伯父――終 道一(おわり みちかず)
父の弟。
大手電機メーカーへ就職したものの、その後はさまざまな仕事を転々とし、五十五歳で早期退職した。
現在も独身で、伯母と同じ家に住んでいる。
正式な診断を受けたわけではない。
だが、家族として接してきた中で、「普通とは何か違う」と感じる出来事は昔から少なくなかった。
今振り返ると、発達障害だったのではないかと思うこともある。
もちろん、それだけで人を判断するつもりはない。
ただ、この先、終家で起こる出来事において、伯父の存在は避けて通れない。
だから、この時点で少しだけ触れておこうと思う。
⸻
母――終 千夏(おわり ちなつ)
旧姓・源(みなもと)。
父とは「お見舞い結婚」だったと聞いている。
幼い頃から、実父(創人の祖父)の強い教育方針のもと、姉とともに厳しい音楽教育を受けて育った。
大学は音楽大学へ進学。
卒業後は非常勤講師として働きながら、自宅では童歌やピアノ、打楽器などを教えていた。
結婚当初は、父より母の収入の方が多かったという。
しかし、昔からの末っ子気質に加え、父が不動産会社で成功してからは、少しずつ金銭感覚が変わっていった。
その積み重ねが、後に終家が崩れていく原因の一つになっていく。
もちろん、それだけが理由ではない。
この話をここで語り始めると、本編より長くなってしまう。
だから、その続きは本編の中で書いていこうと思う。
次回の本編のお話↓
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- 2026年07月24日 05:01
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特別編① 終家という一族 父親について
( シルベットさんのプロフィール)
「終(おわり)家。」
この終家は、代々商売を営んできた一族だったと伯母から聞いた。
曾祖父の代、実家の近くには大きく美しい湖があり、そこで捕れた魚やエビを干物や蒲焼、佃煮などに加工し、自分たちの店で販売していたという。
店は繁盛し、終家は当時ではかなり裕福な暮らしを送っていたそうだ。
しかし、その繁栄は長くは続かなかった。
父の父――終 直道(おわり なおみち)。
祖父は遊郭へ通うようになり、わずか三日間で財産の大半を失ったという。
さらに追い打ちをかけるように戦争が始まる。
空襲によって店は焼失。
終家は財産だけでなく、商売そのものも失ってしまった。
何もかもを失った終家。
そんな父親の姿を見て育った三人の子どもたちは、幼い頃から同じ思いを抱くようになった。
「自分たちは安定した仕事に就かなければならない。」
長女・道子。
長男・道人。
次男・道一。
三人は、それぞれ違う人生を歩み始めた。
⸻
父・終 道人(おわり みちひと)
父の若い頃の話は、父本人からではなく伯母の道子から聞いた。
「道人は昔から頭が良かった。」
それが伯母の口癖だった。
高校では野球部に所属し、三年生ではキャプテンを務めていたという。
しかし、高校三年生の時に肺の病気を患い、一年間の留年生活を送ることになった。
それでも父は諦めなかった。
一年遅れで高校を卒業し、名門R大学へ進学する。
目指したのは弁護士だった。
大学では法律を学びながら、行政書士や宅地建物取引主任者、マンション管理など、さまざまな資格を取得していった。
しかし、一番欲しかった司法試験だけは最後まで合格できなかった。
卒業後は法律事務所へ就職したものの、弁護士になる夢を諦めきれず退職。
夜はハム工場でアルバイトをし、昼は司法試験の勉強を続けたという。
だが、その生活は長く続かなかった。
無理がたたり、身体を壊してしまう。
父はついに弁護士への夢を諦めた。
その後、取得していた資格を活かして不動産会社へ就職。
営業として実績を積み重ね、後にヘッドハンティングされるまでになった。
伯母は父のことを話すたび、決まってこう言っていた。
「道人は昔から真面目さだけは誰にも負けへん子やった。」
僕は父の若い頃を知らない。
だから、この話を聞いた時は少し驚いた。
父にも、夢を追い掛け、挫折し、それでも前を向いて歩いてきた時代があった。
そして後になって思う。
父が歩んだ人生は、不思議なほど僕の人生と重なっていた
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年07月23日 05:02
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第46話 「….助けてくれ。」
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
父は僕の顔を見るなり、申し訳なさそうに口を開いた。
「創人……。」
「あいつは……千夏は死んだんか?」
僕は静かに首を振った。
「いや。」
「今、生死の境をさまよってる。」
「担当医に五分五分とは言われてへん。でも、あの様子を見てたら五分五分やと思う。」
父は小さく息を吐いた。
「そうか……。」
「どうせインスリンと薬を大量に飲んだんやろ。」
「いつものことや。」
「あれだけ『そんなことしても死なれへん』って言い続けてきたのにな……。」
僕は思わず吐き捨てるように言った。
「俺が知ってるだけでも五回はやってるやろ。」
「もう、このまま死んでくれた方がええわ。」
父は僕を責めることなく、小さく頷いた。
「……まぁ、そう言うな。」
しばらく沈黙が流れた。
やがて父は、ゆっくりと話題を変えた。
「アイとエオは?」
僕は家の様子を説明した。
近所中に救急車とパトカーが来たこと。
磯野さんとフグ田さんが犬たちと家を見てくれていること。
家へ帰れば警察の事情聴取が待っていること。
父は何も言わず、黙って聞いていた。
そして、大きくため息をついた。
「創人。」
「S県へ電話してくれへんか。」
僕は驚いた。
「道子伯母ちゃん?」
「でも親父、『もう千夏さんには関わりません』って言われたやん。」
父は静かに首を振った。
「状況が違う。」
「ワシが動けるなら頼まへん。」
「お前が来る前に少しだけ電話しといた。」
「今の状況を伝えてくれ。」
僕は苦笑した。
「……まぁ、無駄やと思うけど。」
「何て言うたらええねん⁇」
父は目を閉じ、小さな声で言った。
「助けてくれ……。」
その一言に、父のすべてが詰まっている気がした。
僕は携帯電話を取り出した。
-続く-
次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年07月22日 06:09
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伯母が亡くなりました。
( シルベットさんのプロフィール)
この物語にも登場する伯母、終 道子(仮名)が、2026年7月20日に永眠しました。
享年89歳(満87歳)でした。
伯母と最後に会ったのは、ちょうど一年前。
寝たきりになった伯母のもとへ、銀行関係の手続きを手伝うために訪れた日が最後になりました。
この先の物語では、伯母との間にさまざまな出来事が描かれます。
楽しかったことだけではありません。
ぶつかったことも、理解し合えなかったこともありました。
それでも今振り返ると、伯母は間違いなく、今の僕を支えてくれた大切な存在でした。
その存在は、今もなお僕が生きる糧になっています。
感謝を込めて、最後のお別れをしてきます。
終 創人ブログで全文を読む
- 2026年07月21日 05:01
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第45話 神様、酷いです。
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
救命病棟を出た僕は、しばらくその場から動くことができなかった。
何も考えられない。
頭の中は真っ白だった。
そんな中、最初に頭へ浮かんだのは仕事のことだった。
「会社に連絡しないと……。」
僕は携帯を取り出し、現場リーダーへ電話を掛けた。
母が自殺を図ったこと。
今、県立海王病院の救命病棟にいること。
しばらく仕事へ行けそうにないこと。
できるだけ冷静に説明した。
するとリーダーは言った。
「今ちょうど現場から直帰するところや。」
「病院へ行くわ。」
僕は慌てて断った。
「大丈夫です。」
「こんな時間に申し訳ないですし……。」
それでもリーダーは来てくれた。
救命病棟のガラス越しに治療を受ける母を静かに見つめる。
そして僕の方へ向き、穏やかな口調で言った。
「今は家のことをしっかりしたらええ。」
「社長には俺から話しとく。」
「しばらく休職扱いにしてもらうよう頼んどくから。」
少し間を置いて、最後にこう言った。
「その代わり……。」
「君は絶対に死んだらあかん。」
そう言い残し、リーダーは帰っていった。
僕は、その言葉に少しだけ救われた気がした。
でも、その安心は長く続かなかった。
すぐに胸の奥から、何とも言えない不快感と重苦しさが込み上げてきた。
僕は磯野さんへ電話を掛けた。
母の状況を説明すると、
「警察はまだ現場検証をしてるわ。」
「あと二時間くらいは掛かるみたい。」
そう教えてくれた。
さらに、
「私とフグ田さんで交代しながら家を見ておくから。」
「創人君は病院にいてあげなさい。」
そう言ってくれた。
申し訳ない。
その気持ちでいっぱいだった。
電話を切ると、僕はゆっくり立ち上がった。
気付けば父の病室へ向かって歩いていた。
病室のドアを開ける。
ベッドには父が静かに横たわっていた。
父は僕の顔を見ると、小さな声で言った。
「創人……。お前、大丈夫か?」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れた。
怒り。
悲しみ。
悔しさ。
いろんな感情が一気に込み上げてきた。
「何で俺ばっかり、こんな目に遭わなあかんねん……。」
そんな思いが頭の中を駆け巡る。
この理不尽な人生そのものにも、母親にもそして神様にも怒っていた。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年07月20日 05:01
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第44話 治療拒否は出来ない
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
救急隊から言われた。
「搬送先は県立海王病院です。後から車でついて来てください。」
一方、警察は現場検証を行うため、家族が残れないか確認していた。
「身内の方は、他にいらっしゃいますか?」
僕は首を横に振った。
「……僕一人です。」
どうすることもできず立ち尽くしていると、そこへ磯野さんが現れた。
「創人君。」
「主人から事情は聞いたわ。」
「病院へ行ってきなさい。」
「ここは私とフグ田さんで見ておくから。」
僕は形だけ頭を下げ、そのまま車へ乗り込んだ。
パトカーが先導し、その後ろを追い掛けるように走る。
途中、父方の伯母と伯父へ電話を入れた。
そして車を停めたタイミングで父にもメールを送った。
『母が自殺を図った。今、海王病院へ搬送中。』
送信ボタンを押した瞬間、真っ先に頭へ浮かんだのは、
「なんやねん……面倒くさい。」
だった。
病院へ到着すると、待機していた看護師が僕に声を掛けた。
「救命病棟へご案内します。」
「私について来てください。」
僕は小走りで後を追った。
救命病棟の前で数分待たされた後、中へ通された。
部屋の中では、医師や看護師が慌ただしく動き回っていた。
その中心には母がいた。
担当医が僕へ近付いてきた。
「終 千夏さんのご家族ですか?」
「はい。」
「担当医の江川です。」
先生は検査結果を見ながら説明を始めた。
「おそらくインスリンを大量に投与した上で、睡眠薬と自律神経失調症の薬を大量に服用されています。」
「その影響で血圧が急激に低下し、さらに首を締めたことで脳への血流が一時的に止まったと考えられます。」
「CTでは脳の右側に損傷が見られます。脳梗塞を起こした可能性があります。」
そして、一枚の書類を差し出した。
「一刻を争います。」
「治療を始めますので、ご家族の同意をお願いします。」
僕は書類を受け取った。
しかし、手が動かなかった。
ガラス越しには母の姿が見える。
何本もの管につながれ、首から上だけが激しく痙攣し、左右へ奇妙に動いていた。
その光景を見た瞬間、昔見た**マリリン・マンソンの『ビューティフル・ピープル』**のMVが頭に浮かんだ。
気付けば、頭の中ではあの曲まで流れていた。
恐怖。
嫌悪感。
そして、ほんの一瞬だけ高揚感。
「マリリン・マンソンみたいや……。」
そんな不謹慎なことを、本気で思っていた。
今思えば、あの頃の僕は病んでいたのかもしれない。
母は必死にもがいていた。
生きようとしているように見えた。
でも、その時の僕は違うことを願っていた。
「もう……頼むから、そのまま死んでくれ。」
担当医が強い口調で言った。
「ご家族のサインが必要です。」
僕は首を横に振った。
「……サインしたくありません。」
「サインしなければ、このまま死なせてあげられるんですよね。」
担当医は驚いた表情を浮かべた。
「何を言っているんですか。」
「お母様でしょう。」
「ここは救命センターです。」
僕は静かに答えた。
「母は死にたがっていました。」
「遺書もあります。」
「救急車を呼んだのも、助けたいからじゃありません。」
「義務だと思ったからです。」
担当医は少しだけ黙り、落ち着いた口調で言った。
「患者さん本人の意思が確認できない以上、ご家族が治療方針を決めることになります。」
「そして救急医療は、命を救うことが最優先です。」
「私たちは助けるためにいます。」
沈黙が流れた。
二分か三分か。
時間の感覚はなかった。
頭に浮かんだのは、父の顔だった。
「……サインします。」
担当医は静かに頷いた。
「ありがとうございます。」
その瞬間、医療スタッフが一斉に動き始めた。
僕は看護師に肩を叩かれ、部屋の外へ案内された。
ドアの前の椅子へ座り込む。
身体に力が入らなかった。
その時、僕は思った。
通報せず、そのまま死ぬのを待てば良かった。
そうすれば、俺と親父は解放された。
少なくとも、あの時の僕は本気でそう思っていた。
しばらく、僕は椅子から立ち上がることができなかった。
― 続く ―
次回のお話↓
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- 2026年07月19日 05:05
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第43話 通報の義務
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
救急隊と警察が、ほぼ同時に家へ入ってきた。
救急隊は土足のまま、迷うことなく母のもとへ向かう。
「患者さんは?」
僕は黙って母のいる部屋へ案内した。
母の姿を見るなり、救命士が叫ぶ。
「気道確保!」
「挿管せなあかんかもしれん!」
聞き取れたのは、それだけだった。
その横で、一人の警察官が僕に声を掛けた。
「息子さんですか?」
「まず、お名前と生年月日を教えてください。」
「倒れているのは、お母様ですね?」
「状況を分かる範囲で説明してもらえますか。」
僕は、自分でも不思議なくらい冷静だった。
言われたことを、一つずつ淡々と答えていった。
すると今度は救命士が聞いてきた。
「お母さん、何か持病はありますか?」
「薬は飲まれていますか?」
「糖尿病と自律神経失調症です。」
「インスリンと血圧の薬を使っています。」
救命士は頷いた。
「分かりました。」
「準備ができ次第、県立海王病院へ搬送します。」
そして警察官へ向き直る。
「搬送します。」
「お願いします。」
そのやり取りを聞いて、僕は思った。
海王病院……。
父が入院している病院だった。
偶然にしては、出来すぎている。
そんなことが頭をよぎった。
救急隊が母を運び出す準備をしている間、警察官が再び僕に尋ねた。
「お父さんは今どちらですか?」
「他にご家族はいらっしゃいますか?」
「この後、現場確認もしなければいけないので。」
その時だった。
「行きます!」
救急隊の声が部屋に響いた。
僕は警察官に、一つだけ聞いた。
「変なことを聞きますけど……。」
「僕は通報しないといけなかったんですか?」
「母は死にたがっていました。」
「遺書もありました。」
警察官は少しだけ表情を和らげて答えた。
「法律上、一般の人に通報義務があるわけではありません。」
「でも、ご家族のように保護する立場の人は、助けられるのに助けなかった場合、責任を問われる可能性があります。」
「だから、あなたの判断は間違っていません。」
少し間を置いて続けた。
「二十八歳……。」
「これは、大変やな。」
その言葉を聞いた瞬間、僕は思った。
「あぁ、逃げられない。」
その時、何故か頭の中に昔読んだドラクエの漫画の言葉が浮かんだ。
「知らなかったのか?大魔王からは逃げられない。」
今の僕はそうだった
-続く-次回のお話↓
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- 2026年07月18日 05:05
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第42話 野次馬だらけ
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第41話 父は倒れ、母は自殺未遂』前回のお話↓『第40話 2011年1月1日』前回のお話↓『第39話 報われると思った』前回のお話↓『第38話 生きていく為に』前回のお話↓『第37話 世間から…ameblo.jp
遠くから救急車のサイレンが近づいてくる。
同時に、パトカーのサイレンも聞こえてきた。
母の自殺未遂を救急へ伝えると、警察にも同時に連絡が入る仕組みになっていることを、この時初めて知った。
しばらくすると、家のチャイムが鳴った。
玄関を開けると、そこには近所のフグ田さんが立っていた。
母のウォーキング仲間だった。
「創ちゃん、大丈夫?」
「お母さん、どうしたの?」
僕は簡単に事情を説明した。
「もうすぐ警察と救急車が来ます。」
「家が誰もいなくなるので、犬をどうしようかと思っていて…。」
するとフグ田さんは、
「裏の中島さんに頼んでくるわ。」
「帰って来るまで犬たちは預かってもらうから安心しなさい。」
そう言って、すぐに走って行った。
その直後、警察と救急隊が到着した。
気付けば、家の前には大勢の人が集まっていた。
近所の人たちだった。
僕には、その全員が野次馬にしか見えなかった。
その中には、磯野さんのご主人の姿もあった。
末期がんで自宅療養中だと聞いていた人だった。
それでも外へ出てきて、僕に声を掛けてくれた。
「大丈夫か?」
僕は小さく、
「まぁ…。」
とだけ答えた。
その時の僕には、人の心配を受け止める余裕なんてなかった。
「どうせ面白がって見に来てるだけやろ。」
「暇人どもめ。」
そんなことしか思えなかった。
でも──。
フグ田さんや磯野さんたちの行動が、ただの野次馬ではなかったことを知るのは、もう少し後のことだった。
― 続く ―次回のお話↓
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- 2026年07月17日 05:01
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第41話 父は倒れ、母は自殺未遂
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第40話 2011年1月1日』前回のお話↓『第39話 報われると思った』前回のお話↓『第38話 生きていく為に』前回のお話↓『第37話 世間からの戦力外通告』前回のお話↓『第36話 夢と挫…ameblo.jp
父は心筋梗塞を乗り越えた。
命は助かった。
それだけが救いだった。
僕は会社へ事情を説明し、一日だけ休みをもらった。
翌日には出社した。
入社したばかりの僕に、休み続けるという選択肢はなかった。
仕事を覚えなければならない。
生活もしなければならない。
仕事が終われば、その足で県立海王病院へ向かった。
父の顔を見て帰宅する。
そんな毎日が続いた。
でも、一番変わってしまったのは母だった。
「主人が死んだら、私は生きていけない。」
「何で私ばっかり、こんな目に遭わなあかんの。」
毎日のように泣き、怒り、取り乱した。
僕はもう呆れていた。
何を言っても届かなかった。
そんな生活を続けているうちに、今度は僕の身体が悲鳴を上げた。
高熱。
扁桃腺炎だった。
一月二十日から二十二日。
そして二十五日。
四日間、会社を休むことになった。
仕事を始めたばかりなのに、また迷惑を掛けてしまった。
情けない気持ちでいっぱいだった。
一月二十五日の夕方。
貝塚診療所で薬をもらい、自宅へ戻った。
まだ微熱があり、身体はガタガタだった。
玄関を開けると、母が泣きながら喚き散らしていた。
そして、何かを定期的に口へ運んでいた。
何を飲んでいるのかまでは気にしなかった。
僕は見て見ぬふりをして二階へ上がり、布団をかぶった。
どれくらい眠ったのだろう。
突然、
「バタン!!」
という大きな音が響いた。
「また暴れてるんやろ。」
そう思い、そのまま放っておいた。
さらに二時間ほど経った頃。
今度は二匹の犬が激しく吠え始めた。
外を見ると、もう夕方だった。
「犬の散歩くらい行けや…。こっちは病人やぞ。」
そう思いながら一階へ降りた。
そこで見た光景を、僕は今でも忘れられない。
母が、うつ伏せに倒れていた。
首には、犬用の首輪をつなぎ合わせて作ったロープが巻かれていた。
大きないびきをかいている。
鼻からは血と鼻水、何か分からない液体が流れていた。
「おい!! オカン!!」
返事はない。
意識もなかった。
僕は救急車を呼ぼうと携帯へ手を伸ばした。
でも、その瞬間、手が止まった。
「このまま放っておけば死ぬんじゃないか。」
「そうしたら俺も親父も解放されるんじゃないか。」
そんな考えが頭をよぎった。
その時だった。
二匹の犬が悲鳴のような声で鳴き始めた。
散歩へ行けず、我慢の限界だったのだろう。
その場で、うんちとおしっこを漏らした。
その姿を見た瞬間、僕は我に返った。
急いで救急車を呼んだ。
救急車が来るまでの間、僕は犬を外へ連れ出し、急いで散歩だけ済ませた。
家へ戻ると、母のそばに一枚の紙が落ちていた。
遺書だった。
殴り書きの文字。
紙は何度も握り潰したように、しわだらけだった。
そこにはこう書かれていた。
「もう疲れました。お母さん(創人の亡くなった祖母)の所に行きます。お父さんとアイとエオ(2匹の犬の名前)のこと、お願いします。家にある物は何でも売って、お金に変えて、それでやり過ごしてください。さようなら。」
読み終えた瞬間。
悲しみより先に、怒りが込み上げた。
僕は意識のない母に向かって叫んだ。
「どれだけ自分勝手やねん!!」
「そのまま死ねぇぇぇ!!!!!!」
その直後。
遠くから救急車のサイレンが近付いてきた。
― 続く ―
次回のお話↓
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- 2026年07月16日 05:01
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第40話 2011年1月1日
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第39話 報われると思った』前回のお話↓『第38話 生きていく為に』前回のお話↓『第37話 世間からの戦力外通告』前回のお話↓『第36話 夢と挫折』前回のお話↓『第35話 終わりの後』前…ameblo.jp
新しい会社への入社が決まった。
父も退院した。
久しぶりに、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「これで、ようやく前へ進める。」
そんなことを思っていた。
年が明けた。
一月一日。
家族で迎えた静かな正月。
お祝い気分なんてなかった。
それでも、父が家にいる。
それだけで十分だった。
その日、父がトイレへ入った。
しばらくすると、ゆっくりと出てきた父が僕を見て言った。
「創人。」
「下血した。」
「病院、連れてってくれ。」
父の声は落ち着いていた。
でも、その表情を見た瞬間、ただ事ではないことだけは分かった。
僕はすぐに車を出した。
向かった先は、県立海王病院。
つい数日前に退院したばかりだった。
診察の結果、父はそのまま緊急入院となった。
ようやく始まると思っていた新しい生活は、また病院から始まった。
数日後。
一月五日。
僕は予定どおり新しい職場へ出勤した。
働かなければ生活できない。
だから、不安を抱えたまま仕事へ向かった。
しかし、その二日後。
一月七日の深夜。
一本の電話が鳴る。
県立海王病院だった。
「お父様が心筋梗塞を発症されました。」
「現在、生死の境をさまよっています。」
頭の中が真っ白になった。
僕は急いで病院へ向かった。
新しい一年は始まったばかりだった。
それなのに、僕たち家族の運命は、静かに、そして確実に崩れ始めていた。
― 続く ―
次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年07月15日 05:02
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第39話 報われると思った
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第38話 生きていく為に』前回のお話↓『第37話 世間からの戦力外通告』前回のお話↓『第36話 夢と挫折』前回のお話↓『第35話 終わりの後』前回のお話↓『第34話 落日』前回のお話↓…ameblo.jp
介護の仕事を辞めてから、一週間ほどが過ぎた。
母の検査結果が出た。
手術が必要だと言われていたが、結果は通院治療で経過を見ることになった。
父の抗癌剤治療も順調に進み、容体は落ち着いていた。
少しだけ、張り詰めていた空気が和らいだ気がした。
僕は再び、仕事を探し始めた。
毎日のようにハローワークへ通い、求人票を見続けた。
そんな時、一件の求人が目に留まった。
訪問介護の会社だった。
僕はすぐに電話を掛けた。
対応してくれた社員の方は、とても丁寧だった。
「履歴書を送っていただけますか。」
その一言に、少しだけ希望が見えた。
僕はその日のうちに履歴書を書き上げ、速達で郵送した。
数日後。
一本の電話が鳴った。
相手は、その会社の社長だった。
「一度、お会いしたいと思います。」
面接の日程が決まった。
場所は、父が入院している県立海王病院の近くだった。
指定されたハローワークで手続きを済ませ、僕は面接へ向かった。
社長は穏やかな表情で僕を迎えてくれた。
面接が始まると、僕は包み隠さず話した。
父が肺癌で闘病中であること。
母も糖尿病を患っていること。
これからも病院へ付き添う日があること。
そして、前の会社を三日で辞めた理由も。
普通なら、不採用でも仕方ない。
僕はそう思っていた。
社長は最後まで黙って話を聞いてくれた。
そして静かに言った。
「事情はよく分かりました。」
「大変な状況ですね。」
「それでも、一緒に頑張ってみませんか。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
家庭の事情を話しても、受け入れてもらえた。
それだけで十分だった。
数日後。
採用の連絡が入った。
ようやく、もう一度働ける。
そう思った僕は、その足で父の病室へ向かった。
父はベッドの上で静かにテレビを見ていた。
僕は椅子に腰を下ろし、小さく口を開いた。
「……面接受かったわ。」
父はゆっくりと僕を見て、小さく頷いた。
「そうか……。」
「それは良かったな。」
少し間を置いて、父は静かに聞いた。
「この状況やけど……頑張れそうか?」
僕は少し笑って答えた。
「お金も無いし、やるしか無いやろ。」
父も少しだけ笑った。
「……そうだな。」
それ以上、言葉は続かなかった。
病室にはテレビの音だけが流れていた。
僕も父も何も話さない。
無言無音。
それが、あの頃の親子の日常だった。
数日後、父は退院することになった。
ようやく少しだけ、日常が戻ってくる。
僕はそう思っていた。
でも、その願いは、あまりにもあっけなく打ち砕かれることになる。
― 続く ―次回のお話↓
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- 2026年07月14日 05:02
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第38話 生きていく為に
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
ホームヘルパー二級。
ガイドヘルパー。
二つの資格を取得した。
夢を失った僕に残された選択肢は、それしかなかった。
求人はほとんどなく、介護職だけが人手不足だった。
正直、介護の仕事がしたかった訳じゃない。
ただ、働かなければならなかった。
それだけだった。
何社か応募を続け、ようやく一社の介護施設から採用の連絡をもらった。
契約社員。
それでも嬉しかった。
久しぶりに、「働ける場所」が見つかった。
二〇一〇年十二月。
僕は新しい職場へ向かった。
初めて経験する介護の仕事。
覚えることは多かった。
利用者さんの名前。
介助の方法。
職員同士の連携。
慣れないことばかりだった。
それでも逃げるわけにはいかなかった。
「ここで頑張ろう。」
そう自分に言い聞かせた。
十年間、好きな音楽だけを追い掛けて生きてきた。
だから今度は、現実と向き合わなければならない。
そう思っていた。
しかし、その思いは三日で終わる。
父の病状が急変した。
抗癌剤治療のため、緊急入院。
さらに同じ頃、母も糖尿病の合併症で手術が必要になるかもしれないと告げられた。
父と母。
二人が同時に病院へ通うことになった。
僕は迷った。
仕事を続けるか。
辞めるか。
答えを出すまで時間は掛からなかった。
入社して三日目。
僕は会社へ退職を申し出た。
職場の人たちは驚いていた。
当然だった。
入ったばかりの人間が辞める。
理由を聞かれ、父と母の状況を説明した。
申し訳ない気持ちしかなかった。
でも、この時の僕には、それ以外の選択肢はなかった。
こうして僕は、また仕事を失った。
音楽を失い。
仕事も失った。
自分の生きている毎日が、少しずつ色を失っていくように感じ始めた。
― 続く ―次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年07月13日 05:01
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第37話 世間からの戦力外通告
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第36話 夢と挫折』前回のお話↓『第35話 終わりの後』前回のお話↓『第34話 落日』前回のお話↓『第33話 最後のピース』前回のお話↓『第32話 金と信頼』前回のお話↓『第31…ameblo.jp
実家へ戻ってきた。
十年近く人生を懸けてきた音楽は終わった。
仕事も辞めた。
気付けば、何もなくなっていた。
朝起きても、スタジオへ向かうことはない。
ライブの予定もない。
携帯が鳴ることも少なくなった。
時間だけが静かに流れていた。
そんな中で、一つだけ生活が変わった。
父の病院だった。
余命三か月と告げられてから、定期検診の日は僕が送り迎えをするようになった。
車の中でも。
病院でも。
帰り道でも。
無言無音。
それが、あの頃の日常だった。
そしてもう一つの現実。
仕事を探さなければならなかった。
でも、現実は想像以上に厳しかった。
正社員として働いた経験はない。
十年近く音楽だけを追い掛けてきた僕の職歴は、世間から見れば何もないのと同じだった。
当時は二〇〇九年。
リーマンショックの影響が色濃く残る超不景気。
僕たちの世代は就職氷河期世代と呼ばれ、仕事を探すことさえ簡単ではない時代だった。
僕は毎日のようにハローワークへ通った。
求人票を何枚も見た。
でも、僕の経歴で紹介できる求人は一件もなかった。
面接以前の問題だった。
履歴書を送ることさえできなかった。
職業選択の自由。
憲法にはそう書かれている。
でも、当時の僕には、その言葉は現実とはほど遠いものだった。
仕事を選ぶことなんてできない。
そもそも、選べる仕事がなかった。
ハローワークを出るたびに思った。
「世の中は、僕を必要としていないのかもしれない。」
そんな気持ちが、少しずつ心を支配していった。
それでも、生きていかなければならない。
目の前の現実は待ってくれない。
そんな時だった。
介護職だけは求人があった。
僕はホームヘルパー二級とガイドヘルパーの資格を取得することにした。
夢を失い、仕事も失った僕には、目の前にあることを一つずつこなしていくしかなかった。
仕事が見つからないこと。
父の病院へ付き添う日々。
この頃の僕は、それだけでも十分つらいと思っていた。
でも、この時の僕はまだ知らない。
この日々が、後に「平和だった」と思える日が来ることを。
― 続く ―
次回のお話↓
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- 2026年07月12日 05:02
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第36話 夢と挫折
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
父に仕事を辞めることを伝えた。
そして、音楽も辞めることを。
父は何も責めなかった。
ただ静かに話を聞いていた。
しばらく沈黙が続いたあと、父は机の引き出しから一つの封筒を取り出した。
「これ、持っとけ。」
中を見ると、三十万円入っていた。
僕は慌てて封筒を返そうとした。
「こんなん受け取られへん。」
父は首を横に振った。
「ええから。」
「活動費の赤字があるんやろ。」
「それで全部ケリつけろ。」
少し間を置いて、父は続けた。
「それとな。」
「お前のアパートの引っ越し代。」
「保険料。」
「年金。」
「細かいもん全部合わせたら、百万円以上は出してる。」
僕は言葉を失った。
知らなかった。
父は何も言わず、ずっと僕を支えてくれていた。
僕が夢だけを追い掛けられたのは、自分一人の力じゃなかった。
父が黙って背中を支えてくれていたからだった。
情けなかった。
何一つ親孝行もできていない。
それなのに父は、最後まで僕の夢を応援してくれていた。
数日後。
僕はメンバーを呼び出した。
「仕事も辞めた。」
「実家へ帰る。」
「だから、バンドも辞める。」
静かな時間が流れた。
最初に口を開いたのは海北だった。
「そう言うと思ってた。」
少し笑いながら僕を見て言った。
「家のこと、頑張れよ。」
「活動費は、有り難く使わせてもらう。」
その言葉に、僕は何も返せなかった。
松本も杉原も、引き止めることはしなかった。
最後に四人で握手を交わした。
「ありがとう。」
その一言だけで十分だった。
駅へ向かう帰り道。
僕たちは、それぞれ違う方向へ歩き始めた。
誰も振り返らなかった。
十年近く人生を懸けてきた音楽。
笑った日もあった。
悔し涙を流した日もあった。
全国ツアーを回ったこと。
CDを全国リリースできたこと。
ローカルテレビ番組のエンディングテーマに採用されたこと。
すべてが昨日のことのように思い出された。
でも、その夢は終わった。
仕事もない。
音楽もない。
未来も見えない。
残ったのは、父の
「帰って来てくれ。」
という言葉だけだった。
僕は、人生を賭けた夢が終わり、挫折を味わった。
この経験が後の人生にどれほど影響を及ぼすのか。
この時の僕は、まだ知らなかった。
-2章【家族消滅編】へ続く-
次回のお話↓
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- 2026年07月11日 05:01
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第35話 終わりの後
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
解散ライブを終えた数日後。
僕は四十度近い熱を出して倒れた。
何年ぶりだろう。
気付けば、小学生の頃から通っている貝塚診療所の待合室に座っていた。
院長の貝塚先生は、子どもの頃から僕を診てくれている先生だった。
診察室へ入ると、先生は僕の顔を見るなり、穏やかに微笑んだ。
「大道くん、お久しぶりね。」
「風の噂で、いろいろ耳に入ってきているわ。」
そう言うと先生は血液検査の結果へ目を落とし、静かに眼鏡を外した。
そして僕を真っすぐ見つめた。
「……大道くん。」
「このままでは、死ぬよ。」
僕は思わず聞き返した。
「……死ぬって、僕がですか?」
先生は優しく頷いた。
「ええ。」
「あなたの身体は、ずっと前から悲鳴を上げていたの。」
「血液検査を見れば、免疫が極端に落ちていることはすぐ分かるわ。」
少し間を置き、先生は穏やかに続けた。
「でもね。」
「私は検査を見る前から分かっていたの。」
「あなたのお顔を見れば、十分だったもの。」
診察室が静まり返る。
先生はカルテを閉じ、静かに言った。
「大道くん。」
「人生には、立ち止まらなければいけない時があるの。」
「あなたは、いろいろなものを背負い過ぎた。」
「このまま無理を続ければ、本当に命を縮めてしまうわ。」
そして最後に、いつもの優しい笑顔で言った。
「今日は何も考えなくていい。」
「帰ったら、寝なさい。」
「今のあなたに必要なのは、頑張ることじゃない。」
「身体を休ませることよ。」
その言葉が胸に深く刺さった。
ずっと走り続けてきた。
仕事も。
音楽も。
休むことなんて考えたこともなかった。
でも、体だけは正直だった。
その頃、仕事でも限界を迎えていた。
当時働いていた音楽スタジオで、同僚と些細なことで口論になった。
すると相手は感情を抑えきれず、店内で僕を殴った。
その社員は会社を辞めることになった。
数日後、先輩社員から呼び出された。
「今回の件も含めて会社として判断した。」
「大道、お前ももう二十七歳や。」
「社員を目指すか。」
「それとも、准社員を辞めるか。」
二つの選択肢を突きつけられた。
僕は五年間、この会社で働いた。
サービス残業をしても文句は言わなかった。
給料が安くても、音楽と両立できるなら、それで良かった。
会社のために尽くしてきたつもりだった。
それでも、この扱いなのか。
そんな思いが込み上げた。
気付けば口が動いていた。
「辞めます。」
不思議なくらい迷いはなかった。
その瞬間、僕は仕事を失った。
そして、バンドの練習場所も失った。
帰り道。
父の言葉が頭の中で何度も繰り返された。
「家に帰って来てくれへんか。」
あの時は答えられなかった。
でも今なら分かる。
僕はもう、一人では前へ進めなかった。
帰る場所は、もう決まっていた。
― 続く ―
次回のお話↓
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- 2026年07月10日 05:01
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第34話 落日
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第33話 最後のピース』前回のお話↓『第32話 金と信頼』前回のお話↓『第31話 夢を繋ぐために』前回のお話↓『第30話 夢と現実』前回のお話↓『第29話 夢の始まり』前回のお話↓『…ameblo.jp
新しく始まった僕たちは、前のバンドとはまるで違っていた。
ライブの営業もしない。
出演交渉もしない。
ツアーの予定も入れない。
ただ、ひたすらスタジオに籠もった。
練習をして、曲を作り、また練習する。
それだけの毎日だった。
そして、もう一つ大きく変わったことがあった。
「良いものは良い。」
「ここはダメ。」
誰か一人に任せるのではなく、全員が本気で意見をぶつけ合った。
音楽のこと。
バンドのこと。
そして、自分たち自身のこと。
逃げずに向き合い続けた。
そうしているうちに、三曲のデモ音源が完成した。
僕たちは、なけなしのお金をかき集めてレコーディングを行った。
完成した音源を持って、いつものライブハウスへ向かう。
店長は黙って最後まで聴いてくれた。
そして音源が終わると、笑いながら言った。
「いきなりやけど、トリの枠が空いてる日がある。」
「そこで初ライブ、やってみるか?」
断る理由なんてなかった。
怖さもあった。
でも、それ以上に自信があった。
「今度こそ、いける。」
根拠なんて何もない。
それでも、あの頃の僕たちは本気でそう信じていた。
期待しかなかった。
ライブ当日。
前のバンドから応援してくれていたお客さんも、たくさん足を運んでくれた。
そして、本番が始まった。
演奏中、機材トラブルもあった。
それでも誰一人止まらなかった。
四人で最後まで演奏し切った。
心の底から楽しかった。
これが、自分たちの新しいスタートだと思っていた。
最後の一曲。
渾身の演奏を終え、僕たちはステージを降りた。
静寂が流れる。
でも――
アンコールは起きなかった。
イベント終了後。
精算を終えると、店長が僕を呼び止めた。
「前のバンドと曲調が変わったから、昔からのお客さんは戸惑ったんやろな。」
「でも、俺は良かったと思うで。」
「これからって感じがした。」
少し間を置いて、店長は続けた。
「アンコールは無かったけどな、お客さんが小声で」
『アンコールしてええの?』
「って話してるのは聞こえた。」
「あの空気、お前も分かってたやろ?」
「ハジメ。あそこは、いつものお前なら一言声を掛けて流れを作れた。」
「まぁええ。次や、次。」
そう言って店長は笑った。
でも、その言葉は僕の心には届かなかった。
僕の中で、何かが音もなく壊れた気がした。
まるで世界中の音が消えてしまったような、静かな無音だった。
今思えば――
あの日が、僕の夢がゆっくりと沈み始めた「落日」だった。
― 続く ―
次回のお話↓
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- 2026年07月09日 05:01
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第33話 最後のピース
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第32話 金と信頼』前回のお話↓『第31話 夢を繋ぐために』前回のお話↓『第30話 夢と現実』前回のお話↓『第29話 夢の始まり』前回のお話↓『第28話 白い影』前回のお話↓『第…ameblo.jp
二階堂が脱退することは決まった。
最後に本人はこう言った。
「活動費は返す。」
しかし、その約束が守られることはなかった。
さらに二階堂は、
「俺が作った曲は、もうライブで演奏せんといてほしい。」
そう言った。
正直、何を言っているのか分からなかった。
活動費は払わない。
それなのに、自分の曲は演奏するなと言う。
僕には理解できなかった。
それでも海北は静かに答えた。
「……その条件でいこう。」
その結果、僕たちは演奏できる曲のほとんどを失った。
すでに決まっていたライブ。
インディーズフェス。
その多くをキャンセルせざるを得なくなった。
僕は関係者一人ひとりの元へ足を運び、事情を説明した。
そして、何度も頭を下げた。
土下座もした。
当然、出演料が戻ってくることもなかった。
海北は、その出来事があまりにもショックだったのか、一時期部屋へ引きこもってしまった。
そんな僕たちを見ていた、当時拠点にしていたライブハウスの店長が声を掛けてくれた。
「最後に解散ライブやれ。」
「二階堂のことは俺が抑えたる。」
その一言で、急遽解散ライブを行うことが決まった。
でも、一つだけ問題があった。
メンバーが一人足りなかった。
だから僕は杉原にヘルプをお願いした。
初めてのリハーサル。
正直、不安しかなかった。
短期間で曲を覚えられるのか。
ライブは成立するのか。
そんな心配をよそに、杉原は何事もなかったかのように音を重ねていった。
僕たちは驚いた。
「こんな短期間で、ここまで合わせられるんか。」
その一言に尽きた。
そして迎えた解散ライブ。
大きなトラブルもなく、無事に最後のステージを終えることができた。
ライブが終わり、四人で食事をしながら自然と笑っていた。
あれだけギスギスしていた空気が、嘘のようだった。
その時だった。
海北が口を開いた。
「このまま四人でやらへん?」
僕も松本も、同じことを考えていた。
杉原は少し驚いた表情を見せたが、
「僕で良ければ。」
と笑って答えてくれた。
こうして僕たちは、新しい一歩を踏み出すことになった。
今までのバンドには、たくさんの思い出があった。
苦しかったことも、嬉しかったことも全部詰まっていた。
だからこそ、その名前には区切りを付けたかった。
そして、新しい名前を付けた。
The Last Piece
「最後の一人が加わり、最後のピースが揃った。」
そんな意味を込めたバンド名だった。
この時の僕たちは、本気で思っていた。
この四人なら、もっと遠くまで行ける。
そう信じていた。
― 続く ―
次回のお話↓
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- 2026年07月08日 05:02
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第32話 金と信頼
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第31話 夢を繋ぐために』前回のお話↓『第30話 夢と現実』前回のお話↓『第29話 夢の始まり』前回のお話↓『第28話 白い影』前回のお話↓『第27話 見舞いには行かなかった』前回のお…ameblo.jp
三枚目のCDは無事にリリースされた。
ありがたいことに、収録曲の一つがローカルテレビ番組のエンディングテーマにも採用された。
全国ツアーも無事に走り切った。
インディーズバンドとしては、少しずつ結果も出始めていた。
それでも、現実は何も変わらなかった。
音楽だけで生活することはできない。
活動を続けるために、それぞれが仕事をしながらバンドを続けていた。
活動費も相変わらず自腹だった。
そんな中、二階堂の未払いは増え続けていた。
「今月は厳しい。」
「来月まとめて払う。」
その言葉を何度も信じた。
仲間だから。
そう思っていた。
でも、未払いの金額が増えるたびに、僕の中の不信感も大きくなっていった。
それだけではなかった。
少しずつ、二階堂の態度も変わっていった。
周りへの配慮より、自分の考えを優先することが増えていった。
少なくとも、当時の僕にはそう見えていた。
もちろん、僕も我慢していた。
ここまで続けてきたバンドを終わらせたくなかったからだ。
それでも、積もり積もったストレスは限界を迎えていた。
ある日、その苛立ちは海北へ向かってしまった。
お互いに感情を抑えきれず、殴り合いの喧嘩になった。
今思えば、海北に怒っていたわけじゃない。
お互いに行き場のない感情をぶつけてしまっただけだったのだと思う。
そんなある日、一つの事件が起きた。
ライブイベントの日。
自分たちの出演が終わり、他の出演バンドの演奏を見ていると、主催者から声を掛けられた。
「打ち上げ、何人参加ですか?」
僕はメンバーを探した。
海北がいた。
松本もいた。
でも、二階堂の姿だけがなかった。
嫌な予感がした。
携帯を見ると、一通のメールが届いていた。
「つまらないから先に帰る。」
その一文を見た瞬間、僕の中で何かが切れた。
イベントはまだ終わっていない。
出演者への挨拶もある。
お世話になった人への礼儀もある。
それをすべて放り出して帰る。
僕には、それだけは許せなかった。
その夜、僕は海北と松本に言った。
「選んでくれ。」
「二階堂を辞めさせるか、俺が辞めるか。」
三人で朝まで話し合った。
そして、一つの結論を出した。
二階堂には脱退してもらう。
ただ、一つだけ問題が残った。
すでに決まっているライブやツアーを、どうするのか。
キャンセルすれば、多くの人に迷惑を掛けてしまう。
だから僕は、一人のミュージシャンに連絡をした。
杉原タイジ。
当時、僕が働いていたスタジオで練習していたお客さんだった。
全国大会優勝という実績を持つ実力者。
それでも、音楽だけで食べていくことはまだできず、試行錯誤中だった。
僕は事情を説明し、こう頼んだ。
「力を貸してくれへんか。」
杉原は少し考えたあと、
「分かりました。」
と、快く引き受けてくれた。
この時は、決まっているライブを乗り切るため、ヘルプとしてお願いしただけだった。
まさか、この出会いが僕の最後のバンドへと繋がっていくとは、この時はまだ思ってもいなかった。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年07月07日 05:02
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第31話 夢を繋ぐために
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
二枚目のCDをリリースし、全国ツアーも回った。
ありがたいことに、バンドの名前は少しずつインディーズシーンで知られるようになっていった。
ライブに来てくれるお客さんも増えた。
「CD買いました。」
そんな言葉を掛けてもらえることも増えた。
それでも現実は変わらなかった。
音楽だけで生活できるほど甘い世界ではなかった。
そんな中、所属していた東京の事務所が一時活動を停止した。
正直、「ここで終わりかもしれない。」
そう思った。
でも、諦めることはできなかった。
ここまで積み上げてきたものを、自分から終わらせたくなかった。
だから僕は、もう一度動いた。
ライブハウスへ連絡し、出演交渉をする。
全国ツアーの日程を組み直す。
支援してくれる人を探す。
事務所の名前は借りていたが、営業やマネジメントはほとんど僕が一人で動いていた。
その結果、小さな個人レーベルとのご縁があり、三枚目のCDをリリースできることになった。
本当に嬉しかった。
「まだ終わっていない。」
そう思えた瞬間だった。
しかし、喜びと引き換えに現実はさらに厳しくなった。
ツアーの行き先は決まっていた。
でも、資金はなかった。
レコーディング費。
遠征費。
ガソリン代。
宿泊費。
活動を続けるために必要なお金は、すべて自分たちで用意するしかなかった。
そこで、メンバー全員で活動費を出し合うことになった。
夢を続けるために必要なお金だった。
誰も反対はしなかった。
最初は――。
でも、その約束は長くは続かなかった。
二階堂の活動費が、少しずつ未払いになっていった。
「今月は厳しい。」
「来月まとめて払う。」
そんな言葉を、僕は信じていた。
いや、信じたかった。
仲間だったから。
夢は、一人では追えない。
だからこそ、仲間を疑いたくなかった。
しかし、未払いの金額が増えるたびに、僕の中には少しずつ不信感が募っていった。
そして、その不信感は、やがて決定的な出来事へと繋がっていくことになる。
― 続く ―次回のお話↓
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- 2026年07月06日 05:02
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第30話 夢と現実
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
二階堂コウスケが加入してから、バンドの勢いはさらに増していった。
「もっと上を目指そう。」
その想いだけは、四人とも同じだった。
僕たちは東京のインディーズレーベルへ自ら足を運び、デモ音源を持って何度も売り込みを続けた。
そして、その想いが届いた。
契約が決まり、全国リリースが決定。
全国ツアーも決まり、夢だった音楽だけの生活が少しだけ現実味を帯び始めていた。
ただ、一つだけ世間が知らないことがある。
事務所には所属したものの、マネジメントまですべて任せられるような環境ではなかった。
ライブハウスへの出演交渉。
全国ツアーの日程調整。
ブッキング。
電話。
出演依頼。
そういった仕事は、ほとんど僕が担当していた。
バンドには、それぞれ役割があった。
曲を書く人。
アレンジをする人。
そして、バンドを動かす人。
僕は自分の役割を果たそうと必死だった。
名前は少しずつ知られるようになった。
でも、それだけでは生活できない。
レコーディング費用。
遠征費。
機材費。
活動を続けるためには、多くのお金が必要だった。
そのため、活動費という名目で、メンバー全員が毎月自腹でお金を出し合いながら活動を続けていた。
そんな中、少しずつバンドの空気が変わり始める。
当時の僕には、二階堂が少しずつ変わっていくように見えた。
自分の考えを押し通すことが増え、周りへの配慮も少しずつ薄れていった。
そして僕は、どこかで感じていた。
「曲を書いていない僕は、何もしていないと思われているのかもしれない。」
もちろん、口に出して言われたわけではない。
でも、そんな空気を感じる場面が増えていった。
二階堂の作る曲は評価が高かった。
ライブでも反応は良く、関係者からも褒められていた。
でも、僕には最後までその良さがよく分からなかった。
もしかしたら、自分の感性が追いついていないだけなのかもしれない。
そう思うようにしていた。
僕が本当に好きだったのは、海北と一緒に作る音楽だった。
だからこそ、この四人ならもっと先へ行けると信じていた。
しかし、その頃にはもう、僕たちの歯車は少しずつ狂い始めていた。
誰も、そのことには気付いていなかった。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年07月05日 05:03
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第29話 夢の始まり
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第28話 白い影』前回のお話↓『第27話 見舞いには行かなかった』前回のお話↓『第26話 親父の告白』前回のお話↓『第25話 医者も商売。』前回のお話↓『第24話 離婚してくれ…ameblo.jp
父の余命が三か月と告げられた頃。
僕が十年近く追い続けてきた音楽も、静かに終わりを迎えようとしていた。
僕がこのバンドに入ることになったきっかけは、高校時代の友人からの一本の電話だった。
「メンバーが一人抜けた。手伝ってくれへんか?」
それが、すべての始まりだった。
最初は軽い気持ちだった。
まさか、このバンドに自分の青春を懸けることになるなんて思ってもいなかった。
ライブを重ね、少しずつ活動の幅も広がっていった。
しかし、現実は甘くなかった。
ライブが決まっているにもかかわらず、オリジナルメンバーが一人、また一人と脱退していった。
普通なら、その時点で解散していてもおかしくない状況だった。
それでも僕は、終わらせたくなかった。
大学の軽音サークルで出会った同期の海北コータロー、そして一年後輩の松本ヒサトに頭を下げ、力を貸してもらった。
二人のおかげで、バンドは再び動き始めた。
そんなある日、脱退した元メンバーから思いもよらない言葉を掛けられた。
「そのバンド、返してくれ。」
正直、意味が分からなかった。
「自分たちから辞めたんちゃうんか。」
当時の僕は、そう思うことしかできなかった。
でも、この話を書いている今なら、少しだけ分かる気もする。
そのバンドは、高校時代に軽音楽大会でグランプリを獲得した、彼らにとって青春そのものだった。
だから、自分たちが抜けたあともバンドが残り、別のメンバーで活動を続けていることを複雑に感じていたのかもしれない。
もちろん、それでも当時の僕はバンドを返すつもりはなかった。
「自分たちから辞めたんやろ。」
その気持ちは最後まで変わらなかった。
残った僕たちはライブを重ね、オーディションにも挑戦した。
そして、インディーズデビューが決まった。
あの時は、本気で夢が現実になるかもしれないと思っていた。
その後、新たなメンバーとして二階堂コウスケが加入した。
ようやく理想の四人が揃った。
僕は、このメンバーならもっと先へ行けると信じていた。
この時は、まだ知らなかった。
夢の終わりは、すぐそこまで来ていたことを。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年07月04日 05:04
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第28話 白い影
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
八月の半ば。
父から再び電話が掛かってきた。
「話がある。飯でも行かんか。」
待ち合わせは、前と同じ焼き鳥屋だった。
前回とは違い、父の表情にはどこか疲れが見えた。
席に着くと、父はしばらく黙ったままビールを口に運んでいた。
僕は耐えきれずに聞いた。
「急にどうしたん?」
父はゆっくり箸を置き、小さく息を吐いた。
「単刀直入に言うぞ。」
「ワシは、もう長くないかもしれん。」
僕は思わず聞き返した。
「……どういうこと?」
父は静かに話し始めた。
「最近、体重がめっきり減ってな。」
「咳もずっと止まらへん。」
「一年ぶりに健康診断へ行ったら、肺に影がある言われた。」
僕は驚いた。
「一年ぶり?」
「毎年ちゃんと受けてたやん。」
父は少しだけ苦笑いを浮かべた。
「去年は面倒くさくてな。」
「一回くらい大丈夫やろと思ってしもた。」
そして父は続けた。
「詳しい検査結果は来週出る。」
「でも……何となく嫌な予感がするんや。」
そう言うと父は、真っすぐ僕を見つめた。
「お前……家に帰って来てくれへんか。」
僕は返事ができなかった。
数日後。
検査結果が出た。
診断は、肺癌 ステージ4。
そして医師から告げられた余命は、三か月だった。
父の肺に映っていた”白い影”は、ただの影ではなかった。
それは、父の命の終わりを告げる影だった。
僕は、その現実を受け入れることができなかった。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年07月03日 05:03
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第27話 見舞いには行かなかった
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第26話 親父の告白』前回のお話↓『第25話 医者も商売。』前回のお話↓『第24話 離婚してくれ』前回のお話↓『第23話 気付かなかった想い』前回のお話↓『第22話 父の「すまん」…ameblo.jp
母は腎臓癌だった。
父から話を聞いたあと、詳しいことを教えてもらった。
もともと母は糖尿病を患っていた。
しかし、血糖値は二〇〇を超える状態が続き、薬を飲んでも一向に改善しなかった。
その影響で眼底出血を起こし、視界も徐々に狭くなっていたという。
もちろん、その間も母の言動は変わらなかった。
父や近所の人たち。
自分の姉や親戚。
気に入らないことがあるたびに怒鳴り散らし、周りは振り回され続けていた。
そこで大学病院で詳しく検査を受けた結果、腎臓癌が見つかったそうだ。
幸い、手術は成功した。
病巣のある腎臓を一つ摘出し、命は助かった。
父は僕に言った。
「一回くらい見舞いに行ったれ。」
でも僕は首を横に振った。
どうしても行く気にはなれなかった。
それどころか、その時の僕は心のどこかで、
「このまま死んでくれへんかな……。」
そう思ってしまった。
その瞬間、自分で自分が怖くなった。
人の死を願うなんて、今まで考えたこともなかったからだ。
結局、一度も見舞いには行かなかった。
退院した母は、僕がお見舞いに来なかったことに腹を立てていた。
しかし、それで何かが変わることはなかった。
血糖値はまた二〇〇を超え、
「手術跡が痛い。」
と周囲に訴え続けた。
そして、自殺未遂も繰り返した。
死ねないと分かっていながら。
そんな日々が続いた八月半ば。
父から、また電話が掛かってきた。
「また飯でも行かんか。」
前と同じ焼き鳥屋だった。
僕はまだ、この時は知らなかった。
この食事が、父と交わす最後の穏やかな時間になることを。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年07月02日 05:02
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第26話 親父の告白
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第25話 医者も商売。』前回のお話↓『第24話 離婚してくれ』前回のお話↓『第23話 気付かなかった想い』前回のお話↓『第22話 父の「すまん」』前回のお話↓『第21話 現実感のない…ameblo.jp
父が倒れ、退院してから二年が過ぎた。
僕は二十七歳になっていた。
相変わらずバンドを続けていたが、現実は厳しかった。
三枚目のCD制作を考えてはいたものの、それだけで生活できるような状況ではなかった。
そんなある日。
父から一本の電話が掛かってきた。
「話がある。飯でも行かんか?」
僕はすぐに断った。
「オカンも居るんやろ?それなら行かへん。」
すると父は静かに言った。
「今は家におらん。入院してる。」
その一言で、僕は何が起きているのか分からなくなった。
待ち合わせたのは実家から徒歩二十分ほどの焼き鳥屋だった。
思い返せば、父と二人きりで食事をするのは十二年ぶりくらいだったと思う。
席に着くなり僕は聞いた。
「オカン、入院って精神科?」
父は首を振った。
「違う。まぁ精神科も診てもろてるけど、今回は外科や。」
「外科!?」
「なんや、脂肪でも切り落としてもらえるんか?」
僕が冗談を言うと、父は苦笑いを浮かべた。
だが、その表情はどこか重かった。
しばらく沈黙が続いたあと、父が口を開いた。
「お前、バンドはいつまで続けるつもりや。」
僕は答えた。
「来年の春に三枚目のCDを出す予定や。それ次第かな。」
そう答えながらも、本当は分かっていた。
バンドだけで食べていくのは、もう難しい。
でも、その本音だけは父に話すことができなかった。
すると父が静かに話し始めた。
「前にな、お前に『離婚してくれ』って言われたやろ。」
「あの時、本気で考えたんや。」
「でも出来へんかった。」
「離婚したら、あいつは自殺すると思ったからな。」
僕は思わず言い返した。
「そんなこと言うてる場合ちゃうやん。」
「あの心療内科クリニックなんか事情話しても笑うだけやったで。」
父は驚いた顔をした。
「……お前、院長先生の所へ行ったんか。」
少し黙ったあと、小さく笑った。
「……まぁ、今となっては、もうどうでもええことや。」
「どういうこと?」
僕が聞き返すと、父はゆっくりと僕を見た。
そして静かに言った。
「お母さん……癌になったんや。」
その言葉を聞いた瞬間、僕は持っていた焼き鳥の串を床に落としていた-続く-次回のお話↓
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- 2026年07月01日 05:01
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第25話 医者も商売。
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第24話 離婚してくれ』前回のお話↓『第23話 気付かなかった想い』前回のお話↓『第22話 父の「すまん」』前回のお話↓『第21話 現実感のない朝』前回のお話↓『第20話 逃げたかっ…ameblo.jp
父が退院してから、母はさらに破壊的になっていった。
父の職場へ何度も電話を掛け、
「何時に帰るの!?」
「犬の散歩どうするのよ!!」
「どうして私を一人にするの!!!」
と怒鳴り続けた。
僕の方も同じだった。
仕事中に電話が掛かってくることは日常茶飯事。
ひどい時には、僕が住んでいたアパートまで押しかけて来て、玄関のドアを何度も蹴りながら叫んでいた。
「お願いだから晩御飯一緒に食べてよ!!」
昼も夜も関係ない。
ある日には、同じアパートに住む職人風のおじさんから、
「お前、いい加減あのオバン何とかせんと殺すぞ。」
と本気で怒鳴られたこともあった。
僕も限界だった。
父も限界だった。
なのに母だけは止まらない。
そこで僕は父に聞いた。
「なぁ親父、本当に病院行ってるんか?」
父は静かに答えた。
「行ってる。」
「先生の言う通り薬も飲んでる。」
しかし僕には、良くなっているようには到底見えなかった。
むしろ悪化しているようにしか思えなかった。
だから僕は病院へ向かった。
夕方の診察開始前。
受付で事情を説明すると、診察室へ通された。
そこには院長が座っていた。
僕は今まで起きたことを全て話した。
母に家を追い出されたこと。
アパートまで押しかけて来ること。
父が倒れたこと。
近所にまで迷惑を掛けていること。
そして最後に聞いた。
「先生、この先どうするつもりなんですか?」
院長は落ち着いた口調で言った。
「時間がかかるんですよ。」
「家族の協力も必要です。」
僕は食い下がった。
「母は先生に『息子さんと離れて暮らしたらどうですか』と言われたって聞いてます。その結果、本当に僕は家を追い出されたんですよ。」
「それで今はアパートまで来て騒ぐんです。」
「父も倒れました。」
「これから先、どういう治療をするつもりなんですか?」
すると院長は少し笑いながら言った。
「それは家族の問題だから私に言われてもね。」
その瞬間、頭に血が上った。
「何笑っとんねん!!」
「二年間も親父はここへ通わせて、診察代も薬代も払ってるんやぞ!!」
「良くなるどころか悪化してるやないか!!」
「これで終わりなんか!?」
しかし返ってきた言葉は、
「お帰り下さい。」
それだけだった。
何を言っても同じだった。
僕は診察室を後にした。
怒りはあった。
でも、それ以上に妙に冷めていた。
この時、僕は一つの現実を知った。
医者は病気を診る。
薬も出す。
治療もする。
でも、その人の人生までは背負わない。
そこから先は、対象外なのだ。
良い悪いではない。
それが仕事なのだろう。
二年間通い続け、お金を払い続けても、その先の人生まで責任を負ってくれるわけではない。
その現実を、僕はこの日初めて思い知った。
そして、解決しない問題は最後には当事者へ返ってくる。
自分の価値観が、いかに世の中では通用せず幼稚だったのか。
それを思い知る最初の出来事だった。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年06月30日 05:07
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第24話 離婚してくれ
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
父が救急搬送されてから数日後、無事に退院することになった。
病名は胃潰瘍。
幸い処置が早かったこともあり、大事には至らなかった。
僕は心の底からホッとした。
だが、先生から言われた言葉が頭から離れなかった。
「ストレスをあまりかけないようにして下さいね。」
僕はその時、真っ先に母の顔が浮かんだ。
「あいつが原因や……。」
そう思わずにはいられなかった。
退院後、父はしばらく自宅で療養することになった。
僕も入院の手続きや着替えの準備などで何度も家と病院を往復した。
その度に母は泣き叫びながら僕に話しかけてきた。
父のことを心配しているようにも見えた。
だが僕には、自分が父を追い詰めているという自覚があるようには思えなかった。
僕はそんな母を見るたびに、何とも言えない気持ちになった。
そして、ようやく落ち着いたある日。
僕は父に切り出した。
「なぁ親父……。」
「オカンと離婚してくれへんかな……。」
父は黙ったままだった。
僕は続けた。
「このままやったら、あの人が自殺する前に親父か俺が先に死んでまうで。」
この話は初めてではなかった。
今までも何度か父に話したことがあった。
しかし、その度に父は聞き流していた。
だから今回も同じだと思っていた。
しばらく沈黙が続いた後、父は静かに言った。
「……今はその話はちょっと。」
そして少し間を空けて続けた。
「でもな……また言うわ。」
僕は何も言えなかった。
父なりに何かを考えていたのかもしれない。
ただ、その時の僕には分からなかった。
この時の僕は、父が助かったことで最悪の事態は避けられたと思っていた。
しかし、それは大きな勘違いだった。
家族崩壊は、まだ始まったばかりだった。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年06月29日 05:02
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第23話 気付かなかった想い
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
潮風総合病院に着いた瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。
病院の自動ドアが開くと同時に、僕は自分でも信じられないくらいの速さで受付へ駆け込んだ。
「親父が……父が死にかけています!!」
「どうか……どうか助けてください!!」
気付けば、そう叫んでいた。
その声を聞くと、三人の看護師さんが一斉に動き出した。
父は助手席から車椅子へ移され、そのまま救命病棟へ運ばれていく。
僕は父の荷物を抱えたまま、その後を追いかけることしかできなかった。
何をすればいいのか分からない。
ただ、父から目を離したくなかった。
すると一人の看護師さんが僕に声を掛けた。
「ご家族の方ですね。」
「荷物はそのベッドの下へ置いて、外でお待ちください。」
僕は涙を拭いながら頷き、言われた通り荷物を置いた。
その時だった。
「誰!? こんな所に荷物を置いたのは!!」
救命病棟に鋭い声が響いた。
振り返ると、ベテランらしき看護師さんが眉をひそめながら周囲を見回している。
「邪魔じゃない!! 誰が置いたの!?」
僕には、そのやり取りで父の処置の手が止まったように見えた。
頭の中で何かが切れた。
「おいッ!!」
思わず大声が出た。
「そんなこと今どうでもええやろ!!」
「親父が死にそうなんやぞ!!」
「荷物は、そこの看護師さんに言われて俺が置いたんや!!」
「文句あるなら俺に言え!!」
病棟の空気が一瞬静まり返った。
すると別の看護師さんがすぐに僕の前へ来てくれた。
「申し訳ありません。」
「今、処置をしていますので、こちらでお待ちください。」
その落ち着いた声を聞いて、僕も我に返った。
黙って頷き、待合の長椅子へ腰を下ろした。
しかし、じっと座っていることができなかった。
心が落ち着かない。
その時、車を病院の玄関前に停めたままだったことを思い出した。
僕は慌てて外へ出て、車を駐車場へ移動させた。
今思い返しても不思議だ。
僕は何かしていないと落ち着いていられなかった。
そして、もう一つ不思議だったことがある。
僕はずっと、父は僕にあまり興味がない人だと思っていた。
だから僕自身も、父にあまり興味を持たないまま生きてきた。
父が倒れた時も、自分があんなふうに怒鳴るなんて思ってもみなかった。
でも、あの時の僕は理屈では動いていなかった。
気付けば体が勝手に動き、気付けば涙が溢れていた。
あの日、僕は初めて思った。
「俺は親父の息子やったんや……。」
今まで感じたことのなかった、不思議な感覚だった。
父と僕は、ずっと血の繋がった親子だった。
それなのに、あの日初めて「血の繋がった家族なんだ」と実感した。
うまく言葉では説明できない。
でも、あの日を境に、父に対する僕の気持ちは少しだけ変わり始めていた。
― 続く ―
次回のお話↓
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- 2026年06月28日 05:02
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第22話 父の「すまん」
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第21話 現実感のない朝』前回のお話↓『第20話 逃げたかった』前回のお話↓『第19話 母が壊した僕の居場所』前回のお話↓『第18話 今日からあなたの家はここです』前回のお話↓『第17…ameblo.jp
実家に着くと、そこには泣きわめく母と、ソファに横たわる父の姿があった。
父の顔は青白く、明らかに様子がおかしかった。
「なんで救急車呼ばへんのや!?」
思わず声を荒げた。
すると父は苦しそうに息をしながら答えた。
「創人、お前は知らんだろうが、最近の病院は紹介状がないと、たらい回しにされることもあるんや……。」
「いつも診てもらってるいささか内科の伊佐坂先生が、潮風総合病院に連絡してくれてる。」
「創人……車、運転してくれ。」
僕は父を支えながら助手席へ座らせ、そのまま潮風総合病院へ向かった。
家を出る時、窓から母の姿が見えた。
泣き崩れ、その場にしゃがみ込んでいるだけだった。
その姿を見て、僕は心のどこかで思ってしまった。
「なんだかなぁ……。」
病院へ向かう車の中。
父がぽつりと口を開いた。
「昨日は朝まで仕事やったんか?」
「そうやで。」
「起きて振り返ったら、いきなり磯野さんがおってビックリしたわ。」
そう答えると、父は静かに言った。
「……すまんかったな。」
「……えっ?」
僕は耳を疑った。
父が僕に謝った。
そんなことは、生まれて初めてだった。
子どもの頃、一緒にキャッチボールをしたこともある。
遊園地へ連れて行ってもらったこともある。
でも、それは数えるほどだった。
父は仕事人間で、昔から口数も多くない人だった。
だから僕は、父は僕にあまり興味がないんだろうと思いながら育ってきた。
そんな父の口から出た「すまん」という一言。
だからこそ、その言葉は僕の胸に深く突き刺さった。
父は再び口を開いた。
「すまん……。」
「お父さん、目の前が真っ暗になって……。」
その言葉を最後に、父の反応が急になくなった。
「親父!」
「おい、親父!!」
何度呼び掛けても返事はない。
気付けば、僕の目から涙が溢れていた。
バックミラーに映る自分の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
何が起きているのか分からない。
ただ無我夢中でアクセルを踏み続けた。
そして、ようやく潮風総合病院へ到着した。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年06月27日 05:06
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第21話 現実感のない朝
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
家を出て一年が過ぎた。
あの日も、仕事を終えて朝方にアパートへ帰り、そのまま眠りについた。
どれくらい寝ていたのだろう。
ふと、人の気配を感じた。
僕しかいないはずの部屋に、誰かが立っている。
眠たい目をこすりながら振り返ると、一人の女性が僕を見下ろしていた。
「うわぁーーーーーーー!!」
飛び起きるほど驚いた。
心臓がバクバクしている。
よく見ると、その人は中学時代の同級生のお母さん、**磯野さん(仮名)**だった。
「えっ!? 磯野さん!? 何でここにいるんですか!?」
磯野さんは少し息を切らしながら言った。
「管理人さんに事情を話して、鍵を開けてもらったの。」
「それより、寝てる場合じゃない!」
その一言で、嫌な予感がした。
僕は反射的に聞いた。
「……どうせ、またオカンが何かやらかしたんですか?」
正直、その時はそう思った。
源家の母は、自殺未遂や騒動を何度も繰り返していた。
だから今回も、その類いだと思った。
「放っといてください。どうせまた疲れたら寝ますって。」
すると磯野さんは、強く首を横に振った。
「違うの!」
「お父さんが急に苦しみ出して倒れたの!」
「お母さんから泣きながら電話があったの。でも、創人くん、お母さんの携帯を着信拒否にしてるでしょ?だから私が来たの。」
僕は言葉を失った。
「……えっ?」
それしか出てこなかった。
父が倒れた。
その言葉の意味は分かる。
でも、不思議なくらい実感が湧かなかった。
まるで映画のワンシーンを見せられているような感覚だった。
何が起きているのか分からない。
何を考えればいいのかも分からない。
僕は財布だけを掴むと、着の身着のまま部屋を飛び出した。
ただ言われるまま、実家へ向かって走っていた。
-続く-
※本ブログは実体験をもとに執筆していますが、プライバシー保護のため、登場人物の名前はすべて仮名です。
次回のお話↓
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- 2026年06月26日 05:03
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第20話 逃げたかった
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第19話 母が壊した僕の居場所』前回のお話↓『第18話 今日からあなたの家はここです』前回のお話↓『第17話 母が母じゃなくなっていった』前回のお話↓『第16話 最初の違和感』前回のお話↓『…ameblo.jp
母の暴走は止まることを知らなかった。
25歳頃になると、母は睡眠薬を大量に飲み、自殺未遂を繰り返すようになった。
ただ、本気で死ぬつもりだったとは、僕には思えなかった。
決まって父に電話をかけ、
「今から死ぬからね……バイバイ。」
そう言ってから睡眠薬を飲む。
まるで、
「死ぬから止めて。」
そう言っているようにしか見えなかった。
搬送先の病院では意識が戻る。
すると今度は医師や看護師に暴言を吐き、その日のうちに無理やり退院する。
そんなことが、22歳頃から約5年間で6〜7回も繰り返された。
父はその度に駆け回り、救急車を呼び、病院へ向かった。
親戚も振り回された。
近所の人たちも巻き込まれた。
そして僕も、その一人だった。
正直に言う。
僕は母から逃げていた。
携帯は着信拒否にしていた。
電話が鳴るたびに、
「また何かあったのか……。」
そう思う生活に疲れ切っていたからだ。
もちろん、母も苦しかったのだと思う。
でも当時の僕には、
「苦しいから死んで楽になりたい。」
そう言って現実から逃げ、その度に周りの人を巻き込んでいるようにしか見えなかった。
だから同情する余裕なんてなかった。
助けたいという気持ちよりも、
「もう勘弁してくれ。」
それが僕の本音だった。
そんなある日の朝。
仕事を終えてアパートで眠っていた僕の人生を、大きく変える出来事が突然訪れることになる。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年06月25日 05:06
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第19話 母が壊した僕の居場所
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第18話 今日からあなたの家はここです』前回のお話↓『第17話 母が母じゃなくなっていった』前回のお話↓『第16話 最初の違和感』前回のお話↓『第15話 初めて自分で選んだ道』前回のお話↓『第14話…ameblo.jp
母の暴走は、まだ始まったばかりでした。
僕が22歳の頃、通っていたJAZZスクールのドラムの師匠から、ある言葉を掛けられました。
「表に立つ人間は、裏方の仕事を知らなければダメだ。」
その言葉がきっかけで、系列のJAZZ LIVEハウスを紹介していただき、ウェイターとして働くことになりました。
そこは演奏も、お酒も、本当に素晴らしいお店でした。
プロの演奏を間近で見られる。
ミュージシャンやお客様との出会いがある。
お金以上に学べることがたくさんあり、僕にとっては大切な場所でした。
もちろん、良いことばかりではありません。
店長の「ママ」は気性が激しく、気に入らないことがあると、お客様や出演者、アルバイトにも厳しく接する人でした。
それでも僕は、師匠が紹介してくださった職場です。
「ここで認めてもらいたい。」
そんな思いで毎日必死に働いていました。
ところが、その居場所を壊したのは母でした。
大学卒業を前に、母は自分の生徒さんや知人から、
「親子共演を見てみたい。」
と言われたそうです。
そして僕に相談する前に、LIVEハウスへ出演交渉を進めていました。
気付けばポスターには僕の名前。
勤務先のスケジュールにも出演予定が載っていました。
もう後には引けませんでした。
大学時代のバンド仲間に頭を下げ、協力してもらい、何とか本番を迎えました。
ライブは大盛況でした。
これで終わると思っていました。
でも、本当の問題はその後でした。
LIVEハウスから提示されたレンタル代について、母は納得できなかったようです。
事務所へ怒鳴り込み、社長とママに土下座をさせたと後で聞きました。
さらに、
「うちの息子が働いているんだからサービスしなさいよ!」
と言ったそうです。
その一言で、僕は職場で居づらい存在になりました。
師匠が紹介してくださった大切な職場。
学びの場だったLIVEハウス。
その両方を失いました。
そしてJAZZスクールにも通いづらくなり、レッスン代の問題も重なって、自然と足が遠のいていきました。
また一つ、大切な居場所がなくなりました。
当時の僕は、母を責めることも、誰かに相談することもできませんでした。
ただ、「また失ってしまった。」
そんな気持ちだけが心に残っていました。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年06月24日 05:03
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第18話 今日からあなたの家はここです
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第17話 母が母じゃなくなっていった』前回のお話↓『第16話 最初の違和感』前回のお話↓『第15話 初めて自分で選んだ道』前回のお話↓『第14話 流されるままの高校生活』前回のお話↓『第13話 最…ameblo.jp
25歳の3月。
仕事を終え、朝方に帰宅した。
いつものように玄関を開ける。
いつものように食卓を見る。
すると一枚のメモと鍵が置いてあった。
メモにはこう書かれていた。
「今日からあなたの家はここです。」
意味が分からなかった。
寝ぼけているのかと思った。
苦笑いしながら二階へ上がった。
そして自分の部屋のドアを開けた。
僕は言葉を失った。
部屋が空っぽだった。
ベッドもない。
荷物もない。
服もない。
何もない。
そこにはガランとした空間だけが残されていた。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
慌てて両親を起こした。
『おい!!何やねんアレ!!』
母は迷惑そうな顔で言った。
『下にメモと鍵あったでしょ。』
『今日からあっちで暮らすのよ。』
意味が分からなかった。
『はぁ!?』
『何言うてんねん!?』
すると母は平然と説明し始めた。
『あんた朝方帰ってくるでしょ。』
『あたし寝られないのよ。』
『だから先生に相談したの。』
『離れて暮らしたらどうですかって言われたから。』
僕は耳を疑った。
『いやいやいや・・・。』
『医者に言われたからって本当にするか普通!?』
思わず父の方を見た。
助けを求めるように。
父も困った顔をしていた。
何か言いたそうだった。
でも何も言わなかった。
ただ、その表情から一つだけ伝わってきた。
「すまん。」
「もうどうにもならんのや。」
そんな気がした。
僕はそれ以上何も言えなかった。
怒りもあった。
戸惑いもあった。
悲しさもあった。
でも、それ以上に父の疲れ切った顔が頭から離れなかった。
こうして25歳の春。
僕は突然、家を出ることになった。
自分の意思ではなく。
準備もなく。
何の心構えもないまま。
人生初の一人暮らしが始まった。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年06月23日 05:01
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第17話 母が母じゃなくなっていった
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
前回書いたCD騒動は、僕が22歳頃の話だった。
当時はただ理不尽な言い掛かりだと思っていた。
しかし後になって分かったことがある。
母はこの頃から糖尿病による眼底出血を発症していた。
視力が極端に低下し、目の前が真っ白になることもあったらしい。
そして、その影響なのかは分からない。
ただ、母は少しずつ変わっていった。
毎日イライラしていた。
父に当たる。
僕に当たる。
犬たちにも当たる。
家の中はいつも張り詰めた空気だった。
見かねた父は病院へ相談した。
そこで母は糖尿病からくる自律神経の不調も指摘されたそうだ。
様々な薬が処方された。
ただ、僕は当時そのことを知らなかった。
そして母はさらに変わっていった。
自分の思い通りにならないと怒る。
暴れる。
誰かのせいにする。
寂しくなると父へ何度も電話をかける。
繋がらなければ何十件もメールを送る。
それでも返事がなければ今度は僕に連絡が来る。
職場にまで電話が来たこともあった。
そして次第に、その矛先は親戚や知人にも向かっていった。
伯母や叔父。
従兄弟たち。
近所の人たち。
母の教え子たち。
気が付けば、周りとの関係はどんどん壊れていった。
もちろん当時の僕には理由なんて分からない。
ただ一つだけ分かっていたことがある。
母が母ではなくなっていく。
そんな感覚だった。
そして25歳の春。
僕は人生で忘れられない出来事を経験することになる。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年06月22日 05:08
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第16話 最初の違和感
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
大学を卒業した僕は、憑りつかれたように音楽活動へ没頭した。
バイトも音楽関係で固めた。
ライブハウス。
スタジオ。
練習。
打ち上げ。
気が付けば睡眠時間は毎日3〜4時間。
それでも苦ではなかった。
僕は本気で音楽で食べていこうと思っていたからだ。
相変わらず母は僕の活動を認めてはくれなかった。
母は音楽教師だった。
クラシック音楽を教え、生徒を育ててきた人間からすれば、ロックやバンド活動で生きていくという考えは理解し難かったのかもしれない。
ただ、不思議なこともあった。
家では反対するのに、人前では違った。
「うちの息子、今度CD出すのよ。」
「良かったら買ってあげてね。」
そんな話をしていたらしい。
当時は意味が分からなかった。
応援しているのか、していないのか。
今思えば、それも母なりの愛情だったのかもしれない。
そんなある日のことだった。
家にいると、突然母が怒鳴り込んできた。
『アンタ!!私のCDどこやったの!!』
何のことか分からなかった。
そもそも母の聴くクラシックや民族音楽のCDを、僕が触ることなどない。
『知らんがな。第一、オカンのCDなんか聴かへんやろ。』
そう答えた。
すると母はさらに激怒した。
『アンタはいつも私の物を使ったら使いっぱなし!!』
そして突然、近くにあった物を僕に向かって投げつけてきた。
さすがに僕も腹が立った。
言い返した。
すると今度は母が泣き出した。
『なんでアンタみたいな子を産んだんやろ……』
そう叫びながら泣き崩れた。
今まで怒鳴られることは何度もあった。
でも泣きながら叫ぶことはなかった。
何かがおかしい。
そう思った。
僕は母のレッスン室へ向かった。
本当にCDが無いのか確かめるためだった。
すると、母が探していたCDは棚の目の前に普通に置いてあった。
『あるやん。目の前に。』
そう言うと母は驚いた顔をした。
そして次の瞬間、
『どうせ今アンタが置いたんでしょ!!』
と言い放った。
話にならなかった。
僕は何も言わず、自分の部屋へ戻った。
この時の僕は、ただ理不尽な言い掛かりだと思っていた。
でも今振り返ると、この出来事が母の異変に気付く最初のサインだったのかもしれない。
-続く-次回のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年06月21日 05:02
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第15話 初めて自分で選んだ道
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第14話 流されるままの高校生活』前回のお話↓『第13話 最後にもらった言葉』前回のお話↓『第12話 家の中の距離』前回のお話↓『第11話 最後まで独り』前回のお話↓『第10話 「友達だと思っ…ameblo.jp
高校3年間で僕が本当に夢中になったもの。
それが音楽だった。
だから大学へ進学してからは、迷わず軽音楽部へ入部した。
今までの人生を振り返ると、自分で決めたことはあまり多くなかった気がする。
小学校では周りに合わせた。
中学校では卓球を頑張ったけど、最後は廃部になった。
高校では流されるまま剣道部へ入った。
でも音楽だけは違った。
誰かに言われたからじゃない。
自分で好きになった。
自分で続けたいと思った。
だから大学生活は音楽バンド中心だった。
大学へ行かせてもらえるだけでも幸せなことだと思っていた。
だから僕は父親に一つ約束をした。
「3年以内に必要な単位を全部取り終えたら、残りは好きにさせてほしい」
父は了承してくれた。
正直、出来ると思っていなかったのかもしれない。
でも僕は本気だった。
結果、3年生前期で必要単位をほぼ全て取得した。
そして空いた時間を、全て音楽に注ぎ込んだ。
スタジオ。
ライブ。
練習。
仲間との音楽談義。
毎日が音楽だった。
気が付けば、音楽は趣味ではなく夢になっていた。
大学4回生の春。
僕は両親に宣言した。
「就職活動はしない。」
「俺はバンドで食っていく。」
当然、母は猛反対だった。
『そんなので食べていけるわけない。』
その言葉はもっともだったと思う。
でも僕は引かなかった。
今まで人の顔色ばかり見てきた。
今度だけは自分で決めたかった。
すると父が口を開いた。
『お前、本気なんだな。』
『3年待ってやる。好きなようにやれ。』
今でも忘れられない言葉だ。
当時は分からなかった。
でも今振り返ると、あれが父なりの愛情だったのかもしれない。
こうして僕は、人生を賭けた3年間を手に入れた。
そして音楽の世界へ、さらに深く足を踏み入れていくことになる。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年06月20日 05:03
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第14話 流されるままの高校生活
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第13話 最後にもらった言葉』前回のお話↓『第12話 家の中の距離』前回のお話↓『第11話 最後まで独り』前回のお話↓『第10話 「友達だと思っていた」』前回のお話↓『第9話 「誰とも話さ…ameblo.jp
高校は男子校だった。
中学時代に比べれば友達もそれなりにいたし、大きないじめもなかった。
今思えば、比較的平和な3年間だったと思う。
ただ、一つだけ問題があった。
僕は相変わらず、自分で何かを決めるのが苦手だった。
部活動説明会の日のことだった。
廊下で先輩とぶつかってしまった。
その先輩は剣道部だった。
怖かった。
本当にそれだけの理由で、僕は剣道部へ入部した。
今考えると意味が分からない。
でも当時の僕は、人に嫌われたり怒られたりすることが怖かった。
だから断れなかった。
剣道部では3年間、一度もレギュラーになれなかった。
試合に出ることよりも、裏方の仕事をしている時間の方が長かった気がする。
いつの間にかマネージャーのようなことまでしていた。
道具の準備。
片付け。
雑用。
サブメンバーの苦労を嫌というほど知った。
顧問は担任でもあった。
そしてよく僕を使った。
部活でも学校でも。
辞めたいと思ったこともあった。
でも辞められなかった。
断る勇気がなかったからだ。
家に帰れば、母は相変わらずだった。
父母会では必要以上に張り切り、僕からすれば正直勘弁してほしかった。
学校でも家でも、どこか息苦しさを感じていた。
そんな中で唯一、自分の意思で続けていたものがあった。
音楽だった。
音楽をやっている時だけは違った。
誰かに言われたからじゃない。
怖いからじゃない。
自分がやりたいからやっていた。
高校3年間で僕が本当に夢中になったもの。
それが音楽(ロック)だった。
そして、その音楽(ロック)が後に僕の人生を大きく変えることになる。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年06月19日 05:00
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第13話 最後にもらった言葉
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第12話 家の中の距離』前回のお話↓『第11話 最後まで独り』前回のお話↓『第10話 「友達だと思っていた」』前回のお話↓『第9話 「誰とも話さなくなった」』前回のお話↓『第8話 人…ameblo.jp
中学3年生になる頃には、僕は卓球を諦めていた。
部活推薦の話も無い。
強い学校から声が掛かるわけでもない。
自分の卓球人生は中学で終わりだと思っていた。
だから母親に勧められた塾へ通い、高校受験に向けて勉強した。
勉強が好きだったわけじゃない。
でも当時の僕には、それしか道が無いように思えた。
そして大学附属の私立高校への進学が決まった。
正直、高校そのものに期待していたわけではない。
ただ一つだけ嬉しかったことがある。
いじめてきた連中と離れられることだった。
もう顔を合わせなくていい。
もう無視されなくていい。
もうあの息苦しい空間にいなくていい。
それだけで十分だった。
そして迎えた卒業式の日。
卓球部の顧問に呼ばれた。
そこで思いもよらない話を聞かされる。
「実はお前、推薦の話が来てたんやで」
耳を疑った。
そんな話は初めて聞いた。
さらに顧問は続けた。
「お母さんが今の高校へ行くように話を進めてたんや」
何とも言えない気持ちになった。
あれだけ勉強したこと。
推薦なんて無いと思っていたこと。
全部、自分で決めて進んできたつもりだったからだ。
そして最後に顧問は言った。
「高校でも卓球頑張れよ」
その言葉が嬉しかった。
もう終わったと思っていた卓球だった。
でも、その一言で少しだけ気持ちが変わった。
高校でも続けてみよう。
もう一度頑張ってみよう。
そう思った。
そして迎えた高校の入学式。
新しい制服。
新しい校舎。
新しい生活。
ようやく人生をやり直せる気がしていた。
そんな日に知った。
卓球部は前年に廃部になっていた。
顧問の一言で灯った小さな希望は、入学式の日にあっさり消えた。
自分で決めたつもりだった。
でも後になって振り返ると、最初から決められていたレールの上を歩いていただけなのかもしれない。
悟空とお釈迦様の話みたいに。
次回のお話↓
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- 2026年06月18日 05:00
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第12話 家の中の距離
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第11話 最後まで独り』前回のお話↓『第10話 「友達だと思っていた」』前回のお話↓『第9話 「誰とも話さなくなった」』前回のお話↓『第8話 人生で初めてウケた日』前回のお話↓『第7…ameblo.jp
学校では相変わらず孤立していた。
誰かと話すことも減り、家に帰ると自分の部屋で過ごす時間が増えていった。
家では普通に会話はしていた。
でも、それは必要なことだけだった。
母親とは最低限の会話しかしない。
ご飯を食べて、風呂に入って、自分の部屋に戻る。
そんな毎日だった。
父親は仕事が忙しく、帰りはいつも遅かった。
出張も多かった。
当時の僕は、
「父親は僕に興味がないんだ」
そう思っていた。
学校でも一人。
家でも一人。
誰にも必要とされていないような気がしていた。
今振り返ると、父親なりに家族のために働いていた部分もあったのだと思う。
だけど、それだけではなかった。
父親が亡くなった後、僕は知らなかった事実を知ることになる。
あの頃、父親が頻繁に行っていた出張。
その中には、本当の出張ではないものもあった。
家に居たくなかったのか。
別の居場所があったのか。
その答えを知るのは、ずっと後の話になる。
当時の僕は何も知らなかった。
ただ、自分は父親からも見てもらえていないと思い込んでいた。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年06月17日 05:00
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第11話 最後まで独り
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
中学3年生になる頃には、孤立はクラスだけではなく部活にも広がっていました。
最後の大会。
個人戦では県大会出場を決めることができました。
でも団体戦では僕が負けてしまい、チームとしての県大会出場はなくなりました。
その時に言われた言葉があります。
「お前は個人では勝つけど団体では負けるんやな!」
「どんだけ自分主義やねん!!」
何を言われているのか分かりませんでした。
団体戦で負けた責任は感じていました。
でも個人戦で勝ったことまで責められる理由は分かりませんでした。
県大会は8月中旬。
それまでの期間、僕は一人で練習しました。
同級生は誰も付き合ってくれませんでした。
相手もいない。
相談相手もいない。
ただ一人でラケットを振り続けました。
そして迎えた県大会。
応援に来てくれる同級生もいませんでした。
結果は一回戦負け。
今振り返れば当然だったのかもしれません。
技術以前に、僕はずっと独りだったからです。
こうして僕の中学時代は終わりました。
いじめ。
孤立。
部活。
県大会。
色々なことがありました。
だから高校では決めていました。
目立たない。
波風を立てない。
普通に生きる。
ただそれだけで良かったんです。
当時の僕は気づいていませんでした。
自分を苦しめていたものが学校だけではなかったことを。
そして高校へ進む直前、僕はある事実を知ることになります。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年06月16日 05:17
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第10話 「友達だと思っていた」
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
中学3年になる前。
母親が学校へ行ってくれた。
「いじめてくる子たちとクラスを離してほしい」
そうお願いしてくれたらしい。
おかげで3年生では、その連中とは別のクラスになった。
これで少しは変わるかもしれない。
そう思った。
でも現実は違った。
新しいクラスには、1年生の時に仲が良いと思っていた人もいた。
正直、少し安心した。
知っている顔がいる。
今度こそ話せるかもしれない。
そう思って、勇気を出して話しかけてみた。
でも返事はなかった。
聞こえていないふりをされたのか。
わざと無視されたのか。
今でも分からない。
もう一度話しかけても同じだった。
その瞬間に理解した。
僕が友達だと思っていただけだったんだと。
2年生の時とは違う教室。
違うクラス。
違う人たち。
それでも僕は一人だった。
いじめる人たちはいなくなった。
でも孤独だけは、ずっと隣にいた。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年06月15日 05:10
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第9話 「誰とも話さなくなった」
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第8話 人生で初めてウケた日』前回のお話↓『第7話 拍手のない表彰』前回のお話↓『第6話 いじめ』前回のお話↓『第5話 再会』前回のお話↓『第4話 友達なら大丈夫だと思っていた』前回のお話…ameblo.jp
バンドの一件以降、いじめてくる連中の態度はさらに強くなった。
直接何かされる日もあれば、遠くから笑われる日もあった。
何をしても面白がられる。
何を言ってもからかわれる。
だから僕は少しずつ話さなくなった。
最初はそのグループだけだった。
次はクラスメイト全員。
そして最後は誰とも話さなくなった。
休み時間は一人。
給食も一人。
下校も一人。
今思えば、いじめられていたというより、
孤立していったという表現の方が正しいのかもしれない。
中学2年の終わり頃には学校へ行く日も減っていった。
朝になると身体が重かった。
学校に行きたくなかった。
でも、その理由をうまく言葉にはできなかった。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年06月14日 07:00
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第8話 人生で初めてウケた日
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第7話 拍手のない表彰』前回のお話↓『第6話 いじめ』前回のお話↓『第5話 再会』前回のお話↓『第4話 友達なら大丈夫だと思っていた』前回のお話↓『第3話 友達ができたと思った日』前…ameblo.jp
中学2年生の音楽の授業だった。
自由研究発表会のようなもので、数人ずつグループを作り、音楽に関する発表をすることになった。
当然のように僕は余った。
そして同じように余っていた二人と組むことになった。
あまり学校に来ない、ミスチルに憧れている男子。
そして、その男子に好意を持っていてピアノが弾ける女子。
そんな三人だった。
どういう流れだったかは覚えていない。
でも僕たちはバンドをやることになった。
たった一曲だけの演奏だった。
それでも結果は大ウケだった。
クラス中が笑った。
拍手もあった。
今まで人前で目立つことなんて無かった僕にとって、それは初めての経験だった。
もしかしたら人生で初めて、クラスの中に居場所ができたような気がしたのかもしれない。
でも、その感覚は長く続かなかった。
次の日からだったと思う。
嫌がらせは以前よりも酷くなった。
理由は分からない。
ただ、あの日だけは確かにみんなが僕を見ていた。
そして、それを面白く思わない人もいたのだと思う。
後になって考えると、
あの一曲が、高校3年生からドラムを始めるきっかけになった。
でも当時の僕は、
これからさらに状況が悪くなることなど知る由もなかった。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年06月13日 10:00
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第7話 拍手のない表彰
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第6話 いじめ』前回のお話↓『第5話 再会』前回のお話↓『第4話 友達なら大丈夫だと思っていた』前回のお話↓『第3話 友達ができたと思った日』前回のお話↓『第2話 空気が読め…ameblo.jp
学校では相変わらず居場所が無かった。
だから僕は卓球に打ち込んだ。
放課後は練習。
休みの日も練習。
中学に入ってから約2年半。
今思えば、それしか無かったのだと思う。
学校生活は上手くいかなかった。
友達もいなかった。
でも卓球だけは違った。
頑張れば結果が出る。
結果が出れば何かが変わる。
そう信じていた。
そして大会で結果を出した。
後日、全校集会で表彰されることになった。
名前を呼ばれ、前に出る。
表彰状を受け取る。
緊張したこと以外は、正直あまり覚えていない。
でも一つだけ覚えていることがある。
僕のクラスから拍手が聞こえなかったことだ。
全校生徒がいる中で表彰された。
それでも何も変わらなかった。
認めてもらえた気もしなかった。
嬉しいはずなのに、どこか虚しかった。
それでも僕は卓球を続けた。
卓球しか無かったからだ。
次回のお話↓
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- 2026年06月12日 21:35
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第6話 いじめ
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第5話 再会』前回のお話↓『第4話 友達なら大丈夫だと思っていた』前回のお話↓『第3話 友達ができたと思った日』前回のお話↓『第2話 空気が読めなかった』前回のお話↓『第1…ameblo.jp
最初は、ただのからかいだと思っていた。
そのうち終わるだろう。
そう思っていた。
でも、それは少しずつエスカレートしていった。
授業中、突然上履きが飛んでくる。
遠足では、僕だけグループに入れてもらえない。
柔道の授業では帯を隠される。
帰ろうとすると靴が無い。
探すと全然違う場所から出てくる。
今なら、あれはいじめだったと言える。
でも当時の僕は、何が起きているのかよく分かっていなかった。
なぜ自分が嫌われるのか。
なぜ自分だけが標的になるのか。
そんなことを考える余裕も無かった。
ただ毎日をやり過ごすだけだった。
だから僕は卓球部の練習に打ち込んだ。
部活で結果を出せば何か変わるかもしれない。
誰かが認めてくれるかもしれない。
そんな期待だけを持ちながら、ラケットを振っていた。
-続く-
次回のお話↓
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- 2026年06月12日 04:30
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第5話 再会
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
時は流れて中学2年生。
クラス替えがあった。
新しいクラスの名簿を見た時、僕は嫌な予感がした。
そこには見覚えのある名前があった。あの時のグループの中心にいた人物だった。正直、関わりたくなかった。
でも同じクラスになってしまった。
最初は何もなかった。だから少し安心していた。
けれど、それは長く続かなかった。
からかわれる。
笑い者にされる。
周りも一緒になって笑う。
気が付けば僕は、教室の中で少しずつ居場所を失っていった。
小学校の頃から友達を作るのが苦手だった僕にとって、孤立するのはあっという間だった。
一人になるのは慣れていると思っていた。
でも本当は違った。
何度経験しても、
孤独は慣れるものじゃなかった。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年06月11日 06:06
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第4話 友達なら大丈夫だと思っていた
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
少し仲良くなった子たちがいた。
僕は、その子たちを友達だと思っていた。
ある日、僕が街へ出掛ける話をした。
すると一人が言った。
「ついでに○○買ってきてや」
言われた通り買って帰った。
喜んでくれると思った。
でも反応は違った。
「なんやこれ。偽物やんけ!」
そう言われた。
僕には本物か偽物かなんて分からなかった。
頼まれた物を買ってきただけだった。
その後、やんちゃなグループに囲まれた。
怖かった。
何を言えばいいのか分からなかった。
結局、お金を取られた。
友達なら大丈夫。
友達なら助けてくれる。
そう思っていたけど、現実は違った。
あの日から僕は、
「人は簡単に味方じゃなくなる」
そんなことを少しずつ覚えていった。-続く-
次回のお話↓
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- 2026年06月10日 04:36
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第3話 友達ができたと思った日
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓『第2話 空気が読めなかった』前回のお話↓『第1話 気付けば一人だった』前回のお話↓『第0話 はじまり』プロローグはこちら↓『プロローグ』そこは薄暗い部屋だった。僕は一人、椅子に座っていた…ameblo.jp
小学校に入ってしばらく経った頃。そんな僕にも話しかけてくれる子がいた。
特別仲が良かった訳じゃない。
でも休み時間に少し話したり、遊んだり、一緒に帰ったりすることがあった。
当時の僕は嬉しかった。「僕にも友達ができた」
そう思った。
今思えば、その子にとっては何気ないことだったのかもしれない。
でも僕にとっては違った。
ずっと一人だった僕には、誰かが隣にいてくれるだけで十分だった。
だから僕は、その子に嫌われたくなかった。
必死だった。
相手に合わせて、嫌なことも断れなくて、言いたいことも言えなかった。
友達って何だろう。
僕はまだ、その答えを知らなかった。
-続く-次回のお話↓
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- 2026年06月09日 11:45
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第2話 空気が読めなかった
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第1話 気付けば一人だった』前回のお話↓『第0話 はじまり』プロローグはこちら↓『プロローグ』そこは薄暗い部屋だった。僕は一人、椅子に座っていた。正面には裁判官。その横には書記官らしき人…ameblo.jp
今なら分かる。
僕には友達ができなかったんじゃない。
友達の作り方が分からなかった。
小学校に入ると、みんな自然と仲良くなっていく。
休み時間に遊ぶ約束をしたり、放課後に集まったり、秘密の話をしたり。
でも僕には、そのルールが分からなかった。
何を話せばいいのか分からない。
どう返事をしたらいいのか分からない。
気付けば会話に入れず、
みんなの輪の少し外側にいた。
仲間外れにされたというより、
最初から仲間に入る方法を知らなかった。
だからいつも一人だった。
でも当時の僕は、
それが普通じゃないことすら分かっていなかった。
-続く-
次のお話↓ブログで全文を読む
- 2026年06月08日 17:57
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第1話 気付けば一人だった
( シルベットさんのプロフィール)
前回のお話↓
『第0話 はじまり』プロローグはこちら↓『プロローグ』そこは薄暗い部屋だった。僕は一人、椅子に座っていた。正面には裁判官。その横には書記官らしき人物。静まり返った部屋の中で、紙を…ameblo.jp
僕は昔から友達が欲しかった。
だから一人でいるのが好きだった訳ではない。
小学校でも最初は誰かのグループに入っていた。
休み時間に一緒に遊んだり、帰り道を一緒に歩いたりもしていた。
でも、不思議な事に気付けばいつも一人になっていた。
昨日まで一緒に遊んでいたはずなのに、今日は呼ばれない。
いつの間にか輪の中で話が進んでいて、僕だけ知らない。
みんなで遊ぶ約束をしていたらしいけど、僕だけ聞いていない。
そんな事が何度もあった。
当時は理由が分からなかった。
何か嫌われる事をしたのか。
変な事を言ったのか。
それとも僕が気付いていないだけで、みんなは僕を友達だと思っていなかったのか。
答えは今でも分からない。
ただ、一つだけ分かる事がある。
僕は友達の輪の中にいたかった。
でも気付けば、その輪の外に立っていた。
そんな子供時代だった。
だから今、地元に友達はいない。
幼馴染と呼べる人もいない。
40代になった今でも、連絡を取り合う同級生はほとんどいない。
もしかしたら、僕の孤独はこの頃から始まっていたのかもしれない。
-続く-ブログで全文を読む